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妄想日記⑱もしも私がおじさまだったら。

今日は頼子に呼び出されて出かけた。
彼女が経営する喫茶店に。
和風建築で、広い庭園がある。
店員に促されて長い廊下を進む。
案内された部屋の前で立ち止まり、深呼吸をした。
廊下に正座をし、障子を3段階に分けて開けると、ピンク色の着物姿の頼子が釜の前に座っていた。
「どうも。お招きいただきましてありがとうございます」
お辞儀をすると、頼子のため息が耳に入った。
「入って」
そんな冷ややかな目をするなら呼びつけるなよ、と言いたいのを我慢して、握りこぶしを作り床に押し付け、畳へと乗り上げる。
体の向きを変えて障子を閉めると立ち上がり、床の間の前に座りまたお辞儀。
鶴が描かれている。趣旨はわからない。再びお辞儀をして立ち上がり、座布団の上に腰を降ろした。
頼子がお菓子の載った皿を持ってくる。
ジャケットから懐紙を取り出し、手前に置く。
「お菓子ちょうだいいたします」
皿を両手で持ち、お辞儀をする。
畳の上に戻すと左手を皿に添え、右手で箸を持つ。
箸で和三盆を1つ取り、懐紙に乗せる。
皿の上に箸を戻して左側へと寄せた。
和三盆を口に入れるやいなや、頼子が立てたばかりの薄茶を持ってきた。
お茶碗を2度回し、俺の前に置いた。
俺はお辞儀をし、お茶碗を手に取り、2度回して口をつけた。
俺好みの薄い薄いお茶だった。
飲み切ると腰をやや折り曲げてお茶碗の様子を眺めた。
作法だからやっているが、芸術に疎いので何にもわからない。
「ねえ、何で無視するのよ。奥様も娘さんとも住んでないんでしょ」
「ちょっと忙しくてね」
俺は腰を戻して、お茶碗を2度回し、左に置いた。
「この間の舞台の感想を聞きたいわ」
「良かったよ」
「いつも同じ返事ね。私に興味がないって丸出しね」
「でも、こうしてお茶を飲みに来ている。もう若くないんだ。茶飲み友達くらいがちょうどいいよ」
「へえ。その割には何だか若返っている気がするんだけど」
「それは嬉しいね」
「誰のせい?」
「さあ。君のご主人は老けたね」 
「さあ」
「また来るよ」
足のしびれが限界だった。




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