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妄想日記④もしも私がおじさまだったら。

目を覚ましたら、水色の天井が見えた。
壁には見覚えのある絵が飾ってある。
小さな女の子が波打ち際に立っているものだ。
横顔はどこかもの悲しい。
あれは妻と離婚する前。
最後の家族旅行で訪れた海での思い出を、俺が感傷的になって描いたものだ。
そんなひとりよがりの権化を何故か叔母は気に入ってもらってくれた。
今は旅人の部屋にある。
ということはここは。
「目、覚めた?」
由梨がのぞき込んでくる。
体中が痛い。
ソファが硬いからだ。
選んだのは俺なので仕方ないけど。
「べろべろに酔っぱらって、エントランスの回転ドアをずっと回っていたの、覚えていない?」
「覚えていない。運んでくれたの?」
「うん」
「ありがとう」
「いいえ」
「コーヒー飲む?」
「飲みます。ありがとう」
ソファから起き上がり、座りなおす。
誰かにコーヒーを淹れてもらうなんて久しぶりだ。
感慨深い気持ちで由梨の姿を見つめる。
「はい」
由梨からマグカップを受け取る。
少し甘い香りを楽しんでから、口をつけた。
「ねえ、きゅうしょくのおじさんてさ」
由梨が隣に座った。
「うん」
「アル中なの?」
大きく息をつき、改めてマグカップを両手で包んだ。
「わかる?」
「うん。出会ってからずっと酒臭いから。夜も朝も。今も」
「ごめんね」
「大丈夫なの?」
「わからない。でも、やめられないんだ。ほかのすべてと別れても酒とだけは別れられない」
「困ったね」
「そう。これでも量は減ったんだよ。それより、君が見た今の時代の話をしてよ」
俺は話を切り替えた。
こんなふうに色んなことを切り替えられたら楽だろうなと思いながら。

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