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夜の車内で聞いた身の上話

8月のある夜、私は、我が子と羽田空港行きのシャトルバスを待っていた。すると、寡黙そうな若い外国人男性が、私たちのいるバス停付近のベンチに腰掛けた。手ぶらだったので、羽田空港から来るバスを待っているのだろうかと思案していたら、定時を過ぎた。バスは来ない。それから25分経った。私はさすがに焦り始め、その男性に話しかけた。空港行きのバスが来なければ電車で行くと彼が言うので、タクシーをシェアしないかと持ちかけたら快諾してくれた。その男性が呼んだタクシーに乗り込む。こちらは子連れにスーツケースを2個抱えていたからとても助かった。

夜中の車内は、薄暗いからか初対面でも会話が弾む。彼はロシア極東から来日する母親を空港まで迎えに行くところだという。日本まで飛行機で2時間だそうだ。

私の仲の良いママ友がロシア人で、子供はミラという名で、家族がウクライナに住んでいること、戦争で心が傷ついているといった話をした。驚いた様子で聞いていたが、いかにも学校で習ったらしい正しい日本語で、訥々と身の上話をし始めた。

4年前に来日して日本語を学び、今は車を輸出する会社に勤めているという。9月からのロシアへの制裁強化で、ロシア向け車種がかなり厳しく規制されると言っていた。

スターリン政権時代、祖父母は祖国のウクライナから強制的に極東ロシアの極寒地に移住させられたという。実家はウラジオストクから北に900kmのところで、夏は30℃、冬はマイナス30〜40℃になるという。彼はその土地で生まれ育ったそうだ。冬はたくさん着込めば外出できるという。人間の環境順応力に圧倒される。

彼自身はロシア語のみでウクライナ語は話せないが、ウクライナ人が話す言葉はだいたい分かるらしい。イタリア人とフランス人もそうだと言ったら少し驚いていたが、ラテン語のように言語の根っこは一緒なのだろう。

タクシーが首都高のトンネルの中を入っていった。私はしばらく躊躇していたが、意を決して、今ウクライナで起きていることについて尋ねてみた。すると、昨年2月下旬、ロシアの侵攻時は日本にいて、この21世紀にこんなことが起きるのかと、我が目を疑ったと彼は答えた。ロシアはメディア統制されていて、戦争賛成派、反対派が半々だという。家族や親戚間でこの話になると賛否が分かれて喧嘩になるらしい。あと半年か一年は続くだろうと彼が言うので、戦争というものは簡単に始められるが、終わらせるのは至難の業だと言いますねと応じると、彼はしばし沈黙した。

英雄化されたように見えたブリゴジンは当地で人気があるのかと尋ねたら、ブリゴジンは元々犯罪者で、プーチンに買われてのし上がったと誰もが知っているから、英雄化されてはいないと言った。一時期メドベージェフが政権の座にいたがと聞くと、彼はプーチンより危険で、核戦争のボタンを簡単に押せるような人物だと答えた。

ロシアの政治家は皆マフィアだと彼は言う。強烈な言葉だ。政治とビジネスが癒着していると。力があり、強い人格に惹かれるロシア特有の国民気質はないのか尋ねたかったが、残念ながらタクシーは空港に到着してしまった。

もっと話を聞きたかった。自動扉の前で手を振って別れた。

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