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戦略の大家、マイケル・ポーター教授に学ぶ経営戦略の立て方(1)

  日本人は、英米などアングロサクソン系に比べ、戦略の立案や構築を苦手とする特徴が顕著で、古くは太平洋戦争での敗戦、最近では新型コロナ禍でのワクチン開発の遅れを初め、様々な場面でその特徴が顕わとなり、しばしば問題が指摘されて来ました。

 日本企業の行動においても、そうした特徴は数多く見られ、例えば家電メーカーではテレビのパネル薄型化に固執し、「狭くて進化のない戦略オプション」を続けたり、半導体メモリや液晶パネル、太陽光パネル等々の分野においては、大胆さを欠いた、過少な投資の逐次投入を繰り返し、海外メーカーとの競争からの脱落し、「学習を軽視した組織」であり続けたり、あるいは、バブル崩壊後の金融機関の不良債権処理の遅れや主要電機メーカーの選択と集中の遅れなど、グランドデザインを欠いた「あいまいな戦略目的」に終始するなど、戦略を不得手とする事例には事欠きません。なお上記の太字カッコ書きの文字は、太平洋戦争での敗戦要因を分析した名著『失敗の本質』で列挙されている言葉で、当時と同じ失敗を今以って繰り返している事の裏返しでもあります。

 それらも大きく響き、現在では、米国のアマゾンやアルファベット、アップルなど、GAFAM5社の時価総額が、東証1部上場企業全体の時価総額を上回り、米テスラ1社の時価総額が、トヨタやホンダ、日産など日系自動車メーカー全体の時価総額を上回る状態に陥っています。

 日本人や日本企業は、定型化されたオペレーションを日々行う事や、その向上あるいはインプルーブメント(Improvement)は得意とする一方、戦略構築や制度設計、大胆なゲームチェンジのイノベーション(Innovation)等を不得手とし、それが生産性や、ROEなど資本効率の低迷、引いては日本経済や日本企業の相対的な競争力低下につながっています。

 著名投資家のレイ・ダリオ(Ray Dalio)氏は、“Designing precedes doing . (設計は実行に勝る)”と言っていますが、本稿ではそうした問題の改善に寄与すべく、戦略論の大家であり、日本でも有名なハーバード大学経営大学院のマイケル・ポーター教授から、企業戦略の立て方を学びます。なお別テーマの『最高の経営戦略構築へ学ぶ「経営戦略論」』では、経営学者ジェイ・B・バーニー氏の企業戦略論をベースにし、棲み分けます。

1.「オペレーションの効率化」は、「戦略」ではない

 マイケル・ポーター教授は、「どんな市場ポジションを確立してもライバルからすぐに模倣されるし、競争優位が得られても、一時的に過ぎない」との声が一部の経営者から上がりますが、それは真の戦略的ポジショニングを確立している状態とは言えないと発言しています。戦略とオペレーションの効率化は、しばしば混同されますが、戦略とは競合他社とは異なる独自の活動を行うことであり、オペレーション効率とは同様の活動を他社よりも上手に行うことを意味します。品質やスピードなどの追及は、TQM(総合品質管理)やベンチマーキング、アウトソーシングを初め、多くの経営ツールや経営テクニックを生み出しましたが、それらオペレーション効率に依存して、長期に渡って競争に勝ち残り続けた企業はほとんど存在しません。ベストプラクティスや最新の技術、顧客ニーズへの優れた対応などは、競合他社から常に模倣され、企業がベンチマークに力を入れれば入れるほど、企業同士は似通り、競争を制限することでしか止められない、お互いを傷つけるだけの消耗戦になります。

 なおポーター教授は、1980年代に世界を席巻した日本企業は、競争力の源泉をオペレーション効率に依存し、たいていの日本企業は互いに模倣し合っているに過ぎず、戦略は欠落していたと分析しています。また日本企業は、経営トップの適切なリーダーシップの欠落がしばしば指摘されますが、戦略を導く、明確で知的なフレームワークと共に、積極的に選択を行う意志を持った強力なリーダーが不可欠だと語っています。多くの企業で、リーダーシップは単にオペレーションの改善や取引を調整する行司役の存在に成り下がっているが、リーダーの役割は、社内の人間に自社の戦略は何たるかを教え、妥協や模倣に走る事のない様、舵を取る事だと述べています。

2.独自の戦略ポジションだけでは、維持可能な優位性構築に不十分

 マイケル・ポーター教授は、独自のポジショニングを取るだけでは、競合他社がポジショニングを模倣するため、優位性の維持に不十分であると主張しています。模倣によって、競合他社に弱体化や混乱が生じるなど、二者択一やトレードオフを迫るポジショニングを取る事が不可欠であり、それがなければ持続的な優位性を築く事はあり得ないと説いています。

 それから兎角「コアコンピタンス」や鍵となる経営資源ばかりに目が行きがちですが、企業の個々の活動を結びつけるフィットやバリューチェーン(価値連鎖)こそ競争優位の中核であり、重要だと述べています。競合他社は、特定の営業手法を模倣したり、製品仕様をそのままコピーする事などに比べ、強固に絡み合った一連の活動システムに対抗する方がはるかに困難であり、そのシステム全体を上手くコピーしない限り、競合他社が模倣することによって得る利益はほとんどありません。また戦略ポジションは、一回限りのプランニング期間ではなく、10年ないしそれ以上の視野を持つ必要があり、頻繁なポジショニングの変更はコストが掛かり、望ましくないとしています。 

3.成長という罠 ~ 戦略深化への集中が定石

 戦略に影響を与えるさまざまな要素の中で、最も危険なのが成長願望であると、教授は語っています。製品ラインの拡大、競合他社の人気サービスの模倣、果てはライバルの買収など、成長を目指すあまり、ポジション拡大に走り、独自性が曖昧になり、妥協が生まれた結果、フィットが損なわれ、最終的には競争優位が揺らいでしまう例があまりに多く見られます。最初はほとんど目に見えぬほどの妥協が生じ、徐々に積み重ねる間に、既存企業の多くは、独自のやり方を曲げ、競合他社との同一性に陥ってしまいます。戦略的ポジションは拡大し、妥協するのではなく、それを深めることに集中するというのが定石です。その一つのアプローチとして、戦略の延長線上での拡大を模索することが挙げられますが、その拡大は既存の活動システムを梃子として利用でき、しかもライバルがそれだけを模倣しようとしても不可能だったり、困難を伴うものでなければなりません。多くの企業は、流行の仕様や製品・サービスを使うことで、手っ取り早く成長を追求し、取捨選択や自社の戦略に合わせた調整が行われず、あるいは自社が魅力を発揮できるわけでもない新規顧客・市場に狙いを定めたりしています。けれども独自性を発揮できるニーズや製品の種類に集中した方が、もっと急速に成長できる場合が多く、またグローバル化や海外展開の推進によっても、戦略に沿った成長が可能となる場合が多くあります。 

以上で(Ⅰ)は終わりとなりますが、お読み頂き、どうもありがとうございました。(Ⅱ)が完成しましたら、是非そちらもお読み頂けましたら幸いです。

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