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水面に浮かぶショウジョウバエ【ショート小説】

仕事で南関東のある地方都市に暮らしていたころ、金曜の夜によく同僚Kの家で飲んでいた。

築浅で汚くはないのだが、木造で家賃が安く、玄関のドアも木製で軽かった。もちろん隣の部屋の物音も聞こえてくる。

「もうちょい良い部屋に引っ越したら?」Kが小声で忠告する。

「いや、築2年だけど前に住民いなかったから実質新築だし、ネット込みだし、結構都合いいんだよ」小声のドヤ顔で返された。

今夜もちゃぶ台を囲んでだらだら喋る。お互いそんなにつまみは要らないからジャンク菓子とクラフトビールを数本だけ。

技術者としてのキャリアの歩き方や仕事論、職場の噂話、子供の頃好きだったアニメ。

日付が変わって「じゃあそろそろ寝るわ」と適当に雑魚寝する。

***

遠くから人の声が聞こえてきて目が覚めると、カーテンの隙間から白い光が漏れていた。スマホを確認すると朝7時。休みだしもう少し寝ていたいんだけど・・・Kも顔の下に腕を敷いて寝ている。

ちゃぶ台の上のグラスをのぞきこむと、
うわっ、
ハエが浮かんでる。

ああ、これがショウジョウバエか。

赤い顔で酒を好む妖怪の猩猩(しょうじょう)に例えられるくらい、目が大きく赤くてお酒に集まってくる。10日くらいで世代交代するため遺伝の研究でよく使われる。

と聞くが、ちゃんと意識して見たのは初めてだ。こいつもビールの匂いに引き寄せられて溺れたらしい。

さて、ばっちいので流しに捨てようかと立ち上がると、壁の向こうから声が聞こえてきた。若い男の声で、その場にいない誰かに報告をしているようだ。

「・・・年齢は60歳。脈はありません。▲▲を患っていたとのことです・・・」

壁に耳を当てると、女性のうめき声もかすかに聞こえてくる。

どうやら隣に住んでいた人が昨晩から連絡がつかなくなり、今朝様子を見にきたら亡くなっていた、ということだろう。

手元のグラスの水面を眺めると、ハエと目があった気がした。

すぐに流しに捨て、何も聞こえないようにイヤホンを耳に突っ込んでちゃぶ台に伏せた。



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