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航空機事故から学ぶ:整備不良の水上機事故

水上飛行機は、第二次大戦前までは長距離旅客輸送の主力でした。戦後はジェット旅客機の発達もあり、観光もしくは近距離離島便としての役割しか見いだせなくなりました。多くが中小の航空会社で、整備予算は潤沢でありません。そういう状況で発生した悲劇的な事故を顧みます。

金属疲労で翼根から折れて墜落:Chalks Ocean Airways 101便墜落事故
2005年12月19日、米国フロリダ州Fort LauderdaleのX44岸壁から14時38分に離水したChalks Ocean Airways 101便Binimi島行きGrumman G-37T Mallardは、Miami Beachの上空500ftで突如右翼が胴体から離断し、炎上しながら墜落。機長ほか乗員2名と亡命キューバ人の政治家夫妻を含む乗客18名全員が死亡した。
自身が水上機パイロットでもあるNTSBの首席調査官らは、当初墜落原因として、当該機が1947年製造の老朽機であり、加重負荷による構造破壊を仮定。他に乱気流、離水時に木片など異物による翼面破損、プロペラ離断、反Castro派の夫妻に対する破壊工作を上げた。
海中から引き上げられた機体残骸には金属腐食以外に異常は見当たらず、FBIの調査で爆発物への反応は出なかった。構造工学専門家の調査官は、離断した右翼下面に長さ40cmにも渡る亀裂があり、doublerと呼ばれる継ぎ接ぎ板が張られていたのを発見。墜落事故前の整備記録にdoubler付近からの燃料漏れが記録されており、杜撰な応急修理の積み重ねが最終的に墜落事故に至ったと結論した。
米国連邦航空局(FAA)の耐空検査官はこの事実を黙認してきたこと、本事故の数ヶ月前に同型機のエレベーターケーブルが破断し、危うく墜落しそうな事例があり、乗員有志が会社に安全運航の申し入れをしていた事実も判明した。同社は直ちに同型機4機の運航停止を命ぜられ、数ヶ月後に88年続いた歴史ある会社を解散した。

第二次大戦前後の航空界は、水上機が旅客機の一翼を担っていましたが、波高数十cmで離着水は困難となるし、海水面での運航では塩水による金属腐食が常に懸念材料となります。この弱点を長年黙殺した結果が本事故であり、Chalks社の一義的な責任もさることながら、杜撰な整備を耐空検査で黙認してきたFAAの責任も重大です。その後FAAから発出されたセスナ(C-172型機など)老朽機の翼根部重点検も、この事故が1つのきっかけになったのでしょう。NTSBの調査官に水上機パイロットがいるのは、人材の厚さでさすがと思います。

firewallのボルトが外れてCO中毒になり墜落:Sydney Seaplane墜落事故
2017年の大晦日、英国から豪州シドニーへ観光で訪れていた英国の実業家ら5人は、Sydney Seaplaneの水上機Cambria号で北部郊外のCottage BayからSydneyのRose BayまでDHC-2型Beavorで短いフライトを楽しむことにした。
同年5月から同社で勤務している機長は水上機のメッカであるカナダ出身で、飛行時間も9,000hrを超えたベテランであった。6人が搭乗したBeavorはHavarant Harbourを出発し、離陸滑走から16秒で60ktを超えて離水した。水面上を130ftほどで山肌を縫うように飛びながら、前方に400ftほどある山が迫り、機体はJerusalem湾上を右旋回しながら戻ろうとしたものの、そのまま墜落。搭乗者全員が死亡した。
豪州運輸安全委員会の調査官らは事故機にblackboxが装備されておらず、無線記録もないため、墜落地点付近にいた目撃者からの聴き取り調査を行った。機体に特段の異常はなく、煙や異音もないまま、急旋回しながら墜落したと証言した。
飛行予定経路にはJerusalem湾はなく、事故から4日後に機体を引き上げて、機体構造専門の調査官らが機体に異常がなかったかを調べた。エンジンとプロペラは墜落の瞬間まで正常に作動していたようで、事故原因につながる所見は見当たらなかった。機種の壊れ方から失速して水面に叩きつけられたものと推定された。
キャビン内に大量の泥が堆積しており、その中から乗客が使っていたと見られるカメラが回収された。そのメモリーカードは破損していたが、調査官らは丹念に修復して、撮影された風景から飛行経路と高度を割り出した。
機長の経歴も調べられ、墜落する数日前に事故を起こしていたものの、自己責任によるものではなかった。航空身体検査では50拍ほどの洞徐脈であったものの、心不全や痙攣の既往はなかった。
事故原因に繋がる決定的な要因が見つからないまま2年余りが経過したが、最終報告書を作成する最中に、機長の剖検で一酸化酸素中毒の有無が検査されていなかったことが判明した。幸い機長の血液サンプルが残っており、事故から26か月後に調べると血中CO濃度が11%まで上昇していたことが判明。同乗していた乗客2名の血液からも高いCO濃度が検出された。一酸化炭素中毒は血中濃度5%以上で認められることから、これが機長の操縦不能に陥った原因と考えられた。
一酸化炭素がエンジンからキャビンへ流入するのは、エンジンの排気パイプにヒビがあり、キャビンの暖房を通じて流れ込むのが一般的。排気パイプにはヒビが見つかった。しかし事故機にはヒーターはなく、別の流入経路がある筈と考えられた。調査官らは改めてエンジンとキャビンを仕切るfirewallを精査したところ、左側のアクセスパネルが外れており、墜落前からボルトが外れていたため、その穴から一酸化炭素が流入した可能性が示唆された。それなら何故、今回だけCO中毒が発生したのかを検証する必要があり、機長の事故当日の業務内容について見直しがなされた。事故機は1日に8回フライトが組まれていたが、彼は前のフライトが離れた地点で終わっていたため、出発するハーバーまで26分間機体を動かしていた。彼は窓を閉めて運航していたので、同社のBeavorを使ってで再現実験を行うこととした。排気の一部をホースでキャビン内へ引き込みエンジンを作動させたところ、キャビン内のCO濃度は120ppm程度であったが、スロットルを上げると144ppmを超える濃度へ上がって、充分CO中毒が発生する環境になることが分かった。
そこで同社のBeavorのfirewallを点検したところ、3機でボルトが1つずつ脱落しており、エンジンルームの空気がキャビン内へ流れ込む状況が日常的にあったことが推測された。同型機に搭載されていたCO検知器は期限切れで使えない状態にあった。
ATSBは水上機の整備徹底のほか、警告音を発するCO検知器の搭載を勧告した。

水上機の運航には、陸上機以上の整備が求められます。floatなど足回りの強度のほか、水分による腐食が懸念され、特に海水上で運航される機体では腐食速度が早い恐れがあるのです。今回の事故はfirewallのボルト脱落がポイントとなったが、何といっても排気管からの排気漏れが早期発見できなかったことが事故防止に繋がらなかった最大の要因でした。同僚たちはCO中毒の気配を感じていなかったのでしょうか?
ATSBは警報音を発するCO検出器の搭載を勧告していて、これはエンジンがキャビン前方に直結している単発機の場合、大変重要なポイントになります。自分自身も大きな音が出る検出器をfirewall近くに毎回置いているのですが、検出器の精度が果たして充分高いのか心配です。時折り都市ガスを空だきして、悪臭がする前に警報がならなかったら、取り換えるようにしているのですが...。

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