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航空機事故から学ぶ:羽田空港衝突事故ATC交信内容からの教訓

衝突事故から3日目の2024年1月4日、衝突4分前からの無線交信内容が、国土交通省より公表されました。今回は航空業務に精通していない一般の方々にも分かりやすい解説をモットーに、交信内容からどういう誤解が生じた可能性があるかを推測します。また本件を教訓に、どんな管制方式や航空英語を心掛けたら良いかも考えてみます。

以下に発表された交信記録は、交信時刻 送信局: ”航空英語"(通信内容)の順に並んでいます。
冗長に思えるかも知れませんが、前の記事にある録音記録を聴いて頂けると分るように、実際の離着陸状況は逼迫しています。英語を母国語をしていない私たちでは、ニューヨークのJ.F.ケネディー空港やロンドンのヒースロー空港のような早口で沢山の情報をやり取りするのは難しく、誤解が生じやすくなることも理解すべきです。英語圏でもかつてロサンゼルス空港では同様な衝突事故が発生しています。
羽田空港の地上マップは次の記事にまとめてあるので、それを参照しながら読むと、各機の位置関係が経時的に理解できると思います。

①最終着陸態勢に入ったJAL516便が管制塔へ連絡してきた。
17:43:02 JAL516便:
”Tokyo Tower, JAL516, spot18". (東京国際空港=羽田空港管制塔、こちら日航516便、着陸後スポット18に駐機します。)
羽田管制塔: "JAL516, Tokyo Tower, good evening, Runway 34R continue approach, wind 320/7, we have departure." (日航516便、こちら羽田管制塔、こんばんは。右側の滑走路34へ進入継続して下さい。風向風速は320°から7ノット。出発機があります。)
17:43:12 JAL516便: "JAL516, continue approach 34R." (日航516便は右側の滑走路34へ進入継続します。)

②離陸前のデルタ276便が管制塔へ連絡してきた。
17:43:26 DAL276便:
"Tokyo Tower, DAL276 with you on C, proceeding to holding point 34R." (羽田管制塔、こちらデルタ276便、C誘導路から右側の滑走路34の停止点まで進行中です。)
羽田管制塔: "DAL276, Tokyo Tower, good evening, taxi to holding point C1." (デルタ276便、こちら羽田管制塔、こんばんは。C誘導路上C1の停止点へ走行して下さい。)
DAL276便: "Holding point C1, DAL276." (デルタ276便、C1の停止位置まで。)

③着陸直前のJAL516便に対し、管制塔が着陸許可を発出する。
17:44:56 羽田管制塔:
"JAL516, Runway 34R cleared to land, wind 310/8." (日航516便は右側の滑走路34へ着陸支障なし。風向風速は310°から8ノット。)
17:45:01 JAL516便: "Cleared to land Runway 34R, JAL516." (日航516便、右側の滑走路34へ着陸支障なし。)

④離陸前の海上保安庁機が管制塔へ連絡してきた。
17:45:11 海保JA722A:
"Tower, JA722A, C." (管制塔、こちら海保722A、誘導路C上。)
羽田管制塔: "JA722A, Tokyo Tower, good evening, No.1, taxi to holding point С5." (海保722A、こちら羽田管制塔、こんばんは。そちらが1番機です。C誘導路上C5の停止点へ走行して下さい。)
17:45:19 海保JA722A: "Taxi to holding point C5, JA722A, No.1, thank you." (海保722A、C5の停止点まで走行します。こちらが1番機、有難うございます。)

⑤離陸前のJAL179便が管制塔へ連絡してきた。
17:45:40 JAL179便:
"Tokyo Tower, JAL179, taxi to holding point C1." (羽田管制塔、こちら日航179便、C誘導路上C1の停止点へ走行中。)
羽田管制塔: "JAL179, Tokyo Tower, good evening, No.3, taxi to holding point C1." (日航179便、こちら羽田管制塔。そちらは3番機。C誘導路上C1の停止点へ走行して下さい。)
JAL179便: "Taxi to holding point C1, we are ready, JAL179." (C1の停止点まで走行します。日航179便は出発準備完了。)

⑥最終着陸態勢に入ったJAL166便が管制塔へ連絡してきた。
17:45:56 JAL166便:
"Tokyo Tower, JAL166, spot 21." (羽田管制塔、日航166便、着陸後スポット21に駐機します。)
羽田管制塔: "JAL166, Tokyo Tower, good evening, No.2, Runway 34R continue approach, wind 320/8, we have departure, reduce speed to 160 knots." (日航116便、こちら羽田管制塔、こんばんは。そちらは2番機です。右側の滑走路34へ進入継続して下さい。風向風速は320°から8ノット。速度を160ノットへ減速して下さい。)
17:46:06 JAL166便: "Reduce 160 knots, Runway 34R continue approach, JAL166, good evening." (160ノットに減速して、右側の滑走路34へ進入継続します。こちら日航166便、こんばんは。)
17:47:23 羽田管制塔:"JAL166, reduce minimum approach speed." (日航166便、進入速度を最低まで減速して下さい。)
JAL166便: ”JAL166." (日航166便、了解。)

⑦衝突の瞬間、両機と管制塔は何も発信せす。
17:47:27: 3 seconds of silence (沈黙3秒間)

④にある管制塔と海保機との交信が最も重要なやり取りでした。地上管制周波数から管制塔周波数へ変更したばかりの海保機には、直前までのJAL516便と管制塔のやり取りが伝わっていません。太字部分のような追加情報があれば、より明確な状況通知になっただろうと思われます。

17:45:11 海保JA722A: "Tower, JA722A, C." (管制塔、こちら海保722A、誘導路C上。)
羽田管制塔: "JA722A, Tokyo Tower, good evening, No.1, taxi to holding point С5. Japan Air A350 2miles on final" (海保722A、こちら羽田管制塔、こんばんは。そちらが1番機です。C誘導路上C5の停止点へ走行して下さい。日航A350型機が滑走路の2マイル手前にいます。)

離着陸のやり取りで、thank youと言葉で謝意を伝えるとは、とても丁寧な乗員だと思います。しかし、混雑した離着陸状況で先を急いでいた操縦士のマインドは、一気に離陸モードにセットされてしまった感があります。もし管制官に相手の心情を読み取る心理的な余裕があり、地上レーダーの海保機位置を見ながら、もう一言確認すれば、海保救援機乗員の逸る気持ちを抑えられたかも知れません。
17:45:19 海保JA722A: "Taxi to holding point C5, JA722A, No.1, thank you." (海保722A、C5の停止点まで走行します。こちらが1番機、有難うございます。)
羽田管制塔:"JA722A, confirm hold short Runway 34R at C5." (海保722A、C5にて右側の滑走路34手前で停止を確認して下さい。)
海保JA722:”Hold short Runway 34R at C5, JA722A.” (海保722A、C5にて右側の滑走路34手前で停止します。) 

航空英語でtake off(離陸)とhold short(手前で停止)は最重要用語で、米国の航空管制ではこの用語で指示されたら、必ずオウム返しにread backしないと、何度でも復唱を求められます。
逆に離陸許可を”cleared to go”といい加減に復唱すると、離陸なのか走行なのか分からず、言い直しを命じられます。
更に、出発準備完了の意味で"ready for take-off"と交信すると離陸可能と誤解され、1977年にカナリア諸島テネリフェ空港で、ジャンボ機同士が滑走路上で正面衝突した一因となりました。テネリフェ事故以後、出発準備完了の際は"ready for departure"と送信して、take offという用語は本当に離陸する時以外は使わないことにし、「出発準備完了」と離陸滑走を明確に分けて伝える決まりとなりました。

"taxi to holding point C5"では「C5の停止点まで走行せよ」の意味ですが、"taxi C and hold short at C5"と伝えれば、「C誘導路を走行してC5で停止せよ」と停止すべき地点がより明確になります。離着陸が慌ただしくなると、管制塔からは一語でも簡略化して、離着陸機と次々に捌かねば、交通整理が出来ません。管制官にはholding pointまで走行すれば、必然的に停止するだろうという確証バイアスがあったのでしょう。
ですが、他の出発機は皆正しく理解出来ていたのであり、この交信内容から管制官の航空英語を批判することは出来ません。

日本の航空英語では、"cross Runway34R"や"hold short of Runway34R"など安全上絶対に誤解されてはいけない用語が一貫して使われていない曖昧さが散見されます。「離着陸で多忙な時間帯にこそ、これらの重大な航空用語を徹底して使用すべき」というのが、今回の悲惨な衝突事故から得た最大の教訓でしょう。


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