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航空身体検査で、なぜ色覚異常はいけないのか?

この航空身体検査シリーズでは、石原式色覚検査のサンプルがサムネール画像に使われています。航空身体検査を受けたことがある方なら、一度はこの画像を見たことがあるでしょう。

人間は網膜にあるコーン型細胞で色調の違いを認識します。問題はその違いの認識度合いに、正常と異常の境がないことです。多くの人が見えるありようが正常で、見えなければ異常。逆に多くの人が見えないものが見えたらそれも異常、ということになっています。ですから色覚は客観的に定量できない難しい検査項目です。石原式はこのように判断が容易でない色覚異常をスクリーニングする、国際的に頻用されている検査です。

石原式の歴史は古く、大日本帝国陸軍の石原忍医官が徴兵検査用に発案し、1916年に民間用にも普及するようになりました。当時は色神検査表と言われ、第二次大戦後には小学生の身体検査項目に組み入れられていたものです。みんなが簡単に数字が読めるのに、たまに全然分からない男の子がいて、おまえ何で分かんないの?と小ばかにされていたのを覚えています。色神とは色覚神経のことですが、色覚異常には遺伝的な背景が知られ、差別の原因になることもあったので、近年教育現場では検査しなくなりました。色盲(color blindness)という言葉も、差別用語と見做される風潮です。

けれども操縦士や管制官といった航空従事者の資格で、色覚検査は重要です。夜間の空港は宝石箱を開けたような煌めきがありますが、全ての航空灯火には意味があるのです。例えば誘導路の両端の線は青、中心線は緑で、滑走路近傍では黄色と、誘導路のレイアウトを色で表示します。もしも航空機の無線が故障して管制塔と交信できなくなった時、管制官は地上や空中の航空機に向かってライトガンで意向を伝えます。アプローチ中の航空機が管制塔から赤い点滅信号を受けたら着陸は危険、点灯なら不可であることが伝えられているのです。

石原式色覚検査で間違いや不明が多い時は、大臣判定でパネルD16検査を受けるよう指示されます。色調が微妙に異なるピンポン玉くらいのボールを、色調に合わせて並べられるか診ます。これでも異常と判断されると、アノマロスコープという日本でも数台しかないらしい貴重な色覚検査機器で、最終判定を受けることになるでしょう。

FAAにも同様な指定機材がありますが、ずばり実機試験が行われることも多いです。受験者が教官や検査医と同乗して、地上や上空からライトガンや航空灯火の見え方を昼夜実地で調べます。

どうやっても異常があると判断されたら、JCABでは不適合、FAAでは”Night flight not permitted”などLimitationが付記されます。

以前、航空母艦に配属されていたFA18搭乗員で、石原式検査が全く分からないパイロットに出会ったことがありました。どうやって夜間飛行しているのか訊ねたところ、どうも光の強さの違いで色の違いを認識している様子でした。何せ本人も健常者がどう見えているのか分からないので、色覚異常の認識も薄そうでした。多くの人が分かる色が全く分からなくても、超音速ジェット機に乗れる証左でした。

JCABでは色覚異常があると航空身体検査は大抵不適合ですが、自家用では厳しすぎると思います。大学の航空部や社会人のグライダー倶楽部では、実地試験受験前になって航空身体検査で色覚異常が発覚し、せっかく訓練を積んできたのにパイロットになれないという嘆きを聞きます。エンジンがないピュアグライダーは日中しか飛びませんし、空港へは離着陸しませんから、航空灯火とは所詮無縁です。FAAのような制約を付記した上で、第2種航空身体検査を条件付き適合としてあげて良いのではないでしょうか?




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