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航空機事故から学ぶ:fuseの異音

日本人が航空の話で「ヒューズ」というと、外国人はよく混乱します。航空機の開発と飛行に巨額の富をつぎ込んだHaward "Hughes"か、それとも電気系統の安全装置である"fuse"か分からないことがあると云うのです。英語でFの音は、しっかり唇を噛んで発音しましょう。
閑話休題。ここではサーキットブレーカーのfuse動作異常から重大事故につながった事例をお話します。

Fuseの異音に迅速対処できなかった:Air Canada 797便火災事故
1983年6月2日の夕刻、米国Dallas空港からカナダTronto空港へ向かっていたAir Canada 797便(DC-9型機)は、ベテランの機長と副操縦士により41名の乗客を搭乗させて、上空1万mを巡航していた。乗客のなかにはStan Rogersという新進のfolk歌手も乗っていた。
突然に操縦室内でカッ、カッ、カッという機関銃のような機械音があり、機長席後ろのブレーカー盤を調べてみると、トイレのflushingモーターにつながるB1370回路のfuseが飛び出していた。機長はきつと汚水が詰まったのだろう、よくある出来事として看過していた。
19:02に客室内にプラスティックが焼けるような嫌な臭いが漂い始め、後部座席の乗客が咳込み始めたので、機長は副操縦士を客室まで様子を見るよう送り出した。機長も酸素マスクを装着したが、当時は機内での喫煙が許可され、しばしばトイレ内の喫煙で発煙していたため、パーサーも問題ないと報告した。副操縦士は再度様子を見に行ったが、何の対処もしなかった。
その直後にMaster WarningがONとなり、機長はIndianapolis管制センターへ電気系統の不調を報告。客室から戻った副操縦士が機内の火災であるとMayday!を発信した。管制はCincinatiへの緊急着陸を承認し、1,500mまで降下するよう指示したが、火災でelevatorがうまく動かず、操縦桿が重くなった。そのうち操縦室へも煙が充満してきたが、乗客は騒ぎ出すこともなく、ILS RWY36へ誘導された。管制からPOBと残燃料量を問われたが、操縦室内は煙が濃くなって、報告する暇もなかった。
Cincinati空港管制は12NM南で同便をRadarで捕捉し、3,500ftまで降下させて、RWY27Lへ着陸させることとした。滑走路の手前8NMで左旋回させて最終着陸態勢へ載せようとしたが、操縦室内は煙で外が殆ど見えなかった。操縦士は途中で滑走路を視認出来たが、4NM手前からは管制塔がPCAのように一方送信し、19:20同便を無事滑走路へ着陸させた。機体が停止すると、乗客は一斉に光が差し込む機外へ脱出しようとし、脱出用シューターからどんどん飛び降りた。乗務員はエンジン停止させ、副操縦士はロープで操縦室窓から脱出したが、機長は操縦席へ引き戻されるように座り込んでしまい、なかなか立ち上がれなかった。非常脱出用ドアを開けたために酸素が機内に流入して、機内に充満していた可燃性ガスが爆発し、機体後部から全体へ火災が広がった。消防車からの泡消火剤がかかって機長は我にかえり、何とか脱出した。先に地上へ脱出していた客室乗務員は脱出できた乗客を一列に並ばせて人数を確認したがS. Rogersを含む23人がいなかった。機長はそれを消防車の無線から空港の地上周波数で管制官へ報告した。
NTSBの調査官らは、まず機内に取り残された乗客の遺体を確認した。米国人2名とカナダ人21名で、通路に倒れていた者、座席から立ち上がれなかった者、それに火元の後方へ逃げてしまった者もいた。いずれも血液中のCO濃度が高く、他にシアンやフッ素化合物も検出された。FBIの捜査官も加わって、破壊工作はなかったことが確認された。当初火元とされた後方トイレは意外にも消失しておらず、Trashが火元でないことが確認された。
事故機には事故の4年前に後部圧力隔壁が破断して、電気系統を含む改修が行われていた。CVRを解析すると、カチ、カチ、カチと異音が録音されており、これはトイレの水洗モーターに関係した電気系統からの異常音と判明した。モックアップで再現実験すると、モーターが428℃まで過熱することが実験で分かった。しかし、この程度の高温では発火はしない。その後、電線がショートするバチ、バチ、というアーク音が録音されており、その際に電線が発火した可能性が考えられた。

事故後の聴聞会で、乗員は乗客のトイレでの喫煙による火災であると思い込み、対処が遅れたと弁明していました。もっと早く緊急事態を宣言して、KN州ルイビル空港へ緊急着陸していれば、数分早く脱出できたようですが、乗員の誰もが、そこまで深刻な事態とは思っていなかったと証言しています。当時はトイレで喫煙する乗客がよくいたのです。
この事故を受けて、旅客機には煙感知器の認証化、火災用ハロン消化器、マスクやゴーグルの装備、床面に非常灯を点灯させて脱出口へ誘導する方式、客室内壁の難燃化試験の追加など多数の改善がFAAに勧告されました。航空機火災の歴史で必ず言及される重大事故として知られています。

日常preflight checkで、エアマンは無造作にブレーカー盤を触って電気系統に異常がないことを確認しています。けれども、いざヒューズが飛んだ時、何が起こったのか?どう対処すべきなのか?一度暇がある時に、電気系統の一つ一つを確認し、それに異常が発生した時について、自分の考えをまとめておくのが良いでしょう。


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