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はやく透明になりたい

「え、喋ってみたら意外と明るいんですね」

 ヘラヘラとしているこの青年には、私が明るく映るらしい。1ヵ月で慣れたカフェアルバイト。誰とも距離を近づけたくない。
 私をなにも知らないのに?喋ってみたら?見てるだけで勝手に明暗を判定されていたのか?つくづく勝手な人だ。勝手な人は嫌いだ。総じて声が大きい。うるさい。

 そもそも客が少ないだけで話しかけるな。ヘラヘラしている人間ほど、キッカケは何であれ遠ざけるべきだ。パッと見で悪い印象はなくても、話しかけられると総合的に見てマイナスだ。
 こんなことなら「そうですよね」なんて相槌するんじゃなかった。疑問形にされたら、答えなかったこっちの責任になる。空気の淀みがわからないのか。わからないんだろうな。わからないに決まってる。

「清掃業務って、お客さんが少ない時にだけ徹底するのがなんか不真面目ですよね?」
「そうですよね!」

 10分ほど前のことだったか。不意にヘラヘラと話しかけてきたから、愛想よく笑ってみた。
 確かにこの人の指摘は鋭かった。暇つぶしの急な話題にしては悪くない。そのまま相手をしてやった。ちょっとだけ気が緩んだけど、今思うと確実に目的が見え透いている。この人は私と仲良くなろうとしている。その仲良くしたい理由も、異性となると見え透いている。

 この世界は、汚く明るい。汚く明るいままだから、汚く明るい人間になりきっている、だけなのに。
 はやく透明になりたい。透明になって、光が反射した時だけ綺麗に映る、窓ガラスみたいになりたい。綺麗に、愛されたみたいに清掃された、朝の窓ガラス。儚げな光が憧れだった、のに。見えているものはどうしてこうも。

 幼い頃から、他人の言葉の先の感情が透けて見えた。理由は知らない。
 口に出せない裏の感情が見えきっている。透明な言葉の先に、汚く明るいおぞましさが見えている。他人の淀んだ感情は、いつも汚いし明るい。儚い陽だまりじゃなくて、ホコリを被った電飾みたいなガビガビの明るさ。それをいつしか知ってしまった。大嫌いだ。吐き気がする。

 私の感情も透明だ。口に出す言葉が、どれも真実味を帯びていない。取り繕うのも合わせるのも簡単で、どれが本当の私かわからない。汚く明るい世界に生きなきゃいけない、こんな私も大嫌いだ。

 私が透明になる方法は、今もよくわからない。誰にも見てほしくないのに、わかる誰かには褒められたい。綺麗に儚く光らせてほしい。街中の窓に映る私よりも、窓ガラスに反射した、道や壁に映る光の方が綺麗だ。

 何度も割れて、そのたび作り直したガラスのハート。手入れをしないと、勝手に曇りガラスになって割れる。他人の感情が透けていると、どれだけガラスのハートがあっても足りない。

 その原因は、いつもこんな人だ。汚く明るい世界に住み着ききった人間の、見え透いたおぞましさ。全員が無意味に踊るゾンビ。毎日ホラーナイト気分だ。その輪に入りたくはない。ああ、はやく透明になりたい。

木透きすきさん、でしたっけ?珍しい名字ですよね」
 しまった。目を殺してボーっとしていた。妄想に耽っていた。いま何秒経ったんだっけ。
 この人に名前の話をする筋合いはない。こういう人には、いつも通り名前が一番初めに触れられてしまうのだ。このまま会話のテンプレートをなぞりたくない。はやくタイムカードを切りたい。私は明るくなんかない。

「透明が好きなんです」
 続けてほしい。……いや、続けないでほしい。わからない。黙ってやり過ごそう。
「透明っていうか、透明の先の光が好きで」
「見え透いてるじゃないですか、人の考えてることって」
「でもほとんど恐ろしいんですよね」
「傷つき方も傷つけ方もわかるのに、他人同士はわからないみたいで」
「僕だけどんどん透明な気持ちが曇っていく、みたいな感じで」
 言葉を失った。何を話せばいいんだろう。いくらか喋らせれば気が済むだろうか。

木透きすきさん、僕に対しても『また声をかけられたな』って思いましたよね」
「そのあと、タイムカードを切りたがってた」
「で、黙ってやり過ごそうとして」
 続けないでほしい。

「少ししてから、透明が好きなのが伝わってきたんです。目を殺して、妄想だけを見て。あなたの気持ちがわかる……ような気がします」

「今度の休み、日向ぼっこでもしませんか?晴れてたらでいいんで」

 いないよ。世界にそんなやつは。異性を日向ぼっこに誘うやつがあるか。でも、私が過ごしたい時間は間違いなくそれなのだ。一緒に過ごしてみたいと、少しだけ思った。明るくも汚くもない恋がしたかったのか。いや、暇潰しか。
 こいつもどうせ、明るく汚いだけだ。私も明るくて汚いやつなのかな。あーあ。なにも喋れやしない。わからない。綺麗な光だけ見ていたい。

 意味を確かめようとして、返事をした、気がする。透けて見えるはずの言葉の裏側が、よくわからない。「誰とも距離を近づけたくない」なんて、思ってないのかもしれないな。
 そもそもそんなこと言ったっけ。
 その前もそのあとも、記憶にございません。

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