ぺんだんと 第四章 作:Erin

「ねーねー、1組の日高夏美って知ってる? 
あの子期末90点以上とって委員長になったからって優等生子ぶってんだって。うざくない?」

 トイレに入れば私の悪口が聞こえる。しかも7組の女子達。

いや〜ほんっと女って恐い。このセリフ何回言ってるんだろう。

私はこの頃いろんな噂をされる。優等生子ぶってるとか、男たらしだとか……。

羨ましがってるだけかい可哀想な奴らだわ。

 でもそんなことは今日で終わり。明日から夏休み! 

なんだか今まで縛られてきたから解放された気分。うれしいことに夏休みやクリスマス、お正月の間だけお父さんが帰ってくる。

お母さんもそれがうれしくていつもより機嫌がいい。

「ちゃんと宿題もやるんだぞ! じゃあ解散」

「さよーならー」

終業式も終わり、自分の家の前に立つ。

「……なんだこれ?」

ドアの前に変な物体がある。

「夏美、入らないの?」

後ろからお母さんが不思議そうに言う。

そういえば今日お母さん仕事終わるの早かったんだ。

「なんか、ドアの前に変なものがあるの」

「え? ってお父さんじゃない! 何そんなところで寝転んでるの!?」

「え!? お父さん!?」

いつもより肌が黒くてわからなかったけど、確かにお父さんだ。

「ああ母さん、夏美、ただいま」

「ふふ、おかえり!」

お母さんはそう言って玄関へ入った。その後ろ姿はいつもよりとても明るかった。ほんと楽しみにしていたのが伝わってくる。

家の中に入り、いつものようにお父さんからお土産をもらい、いつものように海外での話をしてくれた。

「なんであんなに焦げてたの?」

「いや〜ハワイで長時間ビーチバレーした結果だよ」

「バカなの?」

お母さんはそう言いながらもクスクスと笑っている。
と思えばすぐに鬼のような顔に成り果てた。

「誰としたの?」

どうやらお父さんはお母さんの地雷を踏んだようで、少々額に汗が滲み出ている。

「わ、わかったから、海行きたいんだろ?」

「……うん」

お母さんは鬼のような顔をいつもの顔に戻し、可愛らしい少女のように小さく頷く。

さすがお父さん。母の扱い方をわかっていらっしゃる。

「よーし、ついたぞ!」

ということで8月、家族3人で近くの海に出かけた。日差しが当たって熱い。

でも耳をすませば聞こえてくる波の音が落ち着く。

私は買ったばかりの水着を着て泳いだ。お父さんとお母さんは砂浜でゆっくりしている。

 どんどん奥のほうへ泳いで行った。実は、剣道だけじゃなく水泳も1年ちょっとやっていた。

にしても、カップルが多い。歳を取るまでずっと一緒にいる相手なら別にいいが、ほとんどが明日にでも別れそうなカップルだった。いや、わかってますよ、顔で判断してはいけないことは。
でもねーー。

「もどろっかな」

もどろうと思い足を着こうとした。だけど、

「!?」

どれだけ奥の方まで行ったかわからない。とりあえず近くにカップルも人もいない。底が深すぎて足がつけなかった。

「た……たすっ……けて……」

そのまま溺れてしまい助けも呼べず、気を失ってしまった。

「あ……れ? ここどこ?」

目を開けると、知らないベッドの上にいた。私は起き上がってすぐあたりを見回す。

「夏美! 起きたの? もー心配したんだから!!」

ドアの向こうからお母さんがダッシュで私に抱きついてきた。

「お、お母さん!? ここ、どこ?」

「夏美を助けた人の家だよ」

お母さんによると、溺れた時この家の人に助けられたそうだ。まさに私の命の恩人。

「夏実、大丈夫か?」

「あ、うん。ごめんんねお父さん。せっかくのバカンス台無しにして」

お父さんはまた一週間後に、海外に行くというのに、楽しいことなんて一つもいっしょにできなかった。その罪悪感に、恥ずかしさに顔を俯く。

「何言ってんだ。夏実が無事で何よりだよ」

そう言って私の頭を撫でるお父さん。

「……ありがとう」

ああ、結婚するならお父さんみたいな人がいいな。

「おお、おきたか。ゆっくりしていきな」

台所の向こうから私を助けてくれたらしい、おじいさんが話しかけてきた。後からおばあさんも私にお茶を渡す。

「ありがとうございます」と言い、お茶を飲んだ。その味は今まで飲んだことのない味だった。

「それはおばあちゃんの自慢のお茶なんじゃよ」

「そうなんですか。おいしいです!」

 しばらくおじいさんたちと会話をした。夫婦の名は優川で、文字通り二人はとても優しかった。こんな優しい人達に助けてもらって、なんだかうれしくなった。

「ただいま~」

何時間か経つと、誰かが家に帰ってきた。

「おかえり、しゅん」

え、しゅん? あの望月瞬!? まさかね……。

帰ってきたその人の顔を見ようとしたが、部屋から玄関までは遠くはっきりと見えなかった。

「うちには孫がおってな、帰ってくるのがいつも夜の十時で心配やわ~」

おじいちゃんがいきなり自分の孫について語り始める。

「じいちゃん、ここ俺の部屋」

するとおじいさんの後ろから低い声が。顔をあげると、そこには望月瞬が立っていた。

おじいさんの孫って、望月瞬だったのか。

「おお、わるいな。嬢ちゃん、ちょっとこいつとしゃべっといてくれへんか」

おじいちゃんはそう言い、私の両親と一緒に部屋を出た。しかもニヤけた顔で。

ってあれ? おれのへや?

 私望月君のベッドで寝てたの!?

「あれ? お前あんときの……」

「ひ、日高夏美です! 1組の……」

望月君はベッドの端っこに座りこんだ。なにかを言う雰囲気でもなく、ただじーっと座っていた。

「わ、私、海でおぼれそうになったところをあなたのおじいちゃんに助けられて……気づいたらあなたのベッドで寝てました」

思い切って今の状況を話した。すると望月君が怒るような真顔のような顔をして口を開いた。

「あ、助けたの俺だからな」

「ええっ!?!?」

信じられない言葉にあたしは思わず叫んでしまった。

そしてよくよく考えたら、抱きかかえられたことになる。

そう思うと恥ずかしくて耳まで顔が赤くなった。

望月君はぷっと笑って「そんなにびっくりすることか?」と言った。

その会話のおかげで場の空気が和んだのか、望月君とほぼノンストップで話した。
学校の話や世間話。
一緒に話した時間はとても楽しかった。

おまけに小学校のアルバムも見せてくれた。

パラパラとアルバムをめくれば、望月君の可愛らしい写真がいっぱい出てきた。その隣には優川夫妻が幸せそうな顔をして写っている。ただ、何かが物足りない。

「あれ? お父さんとお母さんは?」

言ったあと後悔した。もし両親は亡くなっていたとか、離婚したとかそういう理由だとしたら、とてもひどいことを質問したことになる。

「俺の両親、海外で働いてるからじいちゃん達に預けられてるんだ。本当はこの夏休み帰ってくるはずなんだけど、結局無理だった。」

「あ、そうなんだ」

私のお父さんも海外で働いているし、お母さんも社長で帰ってくるのが遅いから、望月君に対して親近感が湧いた。

「今日はありがとうございました」

夜九時、晩御飯も食べさせてもらい、帰ることになった。

「暇なとき来ていいんじゃよ」

おじいちゃんたちはそう言って手を振ってくれた。

「また学校でな」

望月君もそう言って手を振ってくれた。

その顔は学校にいるときの笑顔より一層無邪気だった。

今年の夏休みは、もしかしたら運命ルートのスタート地点かもしれない——。

 

八月下旬、空港でお父さんを見送った。

お母さんは悲しいくせに笑顔いっぱいでお父さんを見送る。

「夏実、来年の誕生日プレゼント、期待しておけ」

「え? あ、うん」

毎年お父さんは私に誕プレをあげるけど、普段はこんなこと言わない。

期待とか言う言葉はあんまり好きじゃないけど、期待してみようかな。

帰りのバス、お母さんは静かに電子書籍を読み、私はご褒美にもらったスマホで音楽を聴いた。

お母さんは厳しい人なのに、お父さんがいると何故か可愛らしい乙女になる。

そんな光景を毎日見たいのに。

お父さんがずっと日本にいればいいのに。そうしたら毎日が楽しくなるのに。

お母さんも私も、それが一番の願いだ。