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鬼才スタンリー・キューブリックの名作映画5選



スタンリー・キューブリック

20世紀を代表するアメリカの映画監督。
映画史に残る数々の名作を世に送り出し、後世に影響を与えた最も偉大な制作者と評されている。
代表作に、『スパルタカス』、『2001年宇宙の旅』、『時計じかけのオレンジ』、『シャイニング』などがある。



スタンリー・キューブリック

[生年月日-没日]
1928年7月26日-1999年3月7日(享年70)

[出身]
アメリカ合衆国ニューヨーク州マンハッタン

[職業]
映画監督、脚本家、映画プロデューサー

[監督作品(邦題)]
1951 :『拳闘試合の日』、『空飛ぶ牧師』
1953 :『恐怖と欲望』、『海の旅人たち』
1955 :『非情の罠』
1956 :『現金に体を張れ』
1957 :『突撃』
1960 :『スパルタカス』
1962 :『ロリータ』
1964 :『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』
1968 :『2001年宇宙の旅』
1971 :『時計じかけのオレンジ』
1975 :『バリー・リンドン』
1980 :『シャイニング』
1987 :『フルメタル・ジャケット』
1999 :『アイズ ワイド シャット』

[略歴]
 幼少期に父親からプレゼントされたカメラに夢中になり、文学や写真、映像に興味を抱いたキューブリックは、自身の撮影した写真が売れたのを機に、雑誌社のカメラマンとして働き始める。
 カメラマンとして働きながら、低予算の短編映画を制作し始めたキューブリックは、ニューヨークの批評家からの絶賛を受け、ハリウッド映画の世界に足を踏み入れる。
 徐々に制作者としての地歩を固め始めたキューブリックは、共同プロデューサーと激しい対立をしたことで、活動拠点をイギリスに移す。
 人生の大半をイギリスで過ごすことになったキューブリックは、移住後も映画の制作を続け、完璧主義なこだわりから寡作ではあったが、批評的にも商業的にも成功した作品を続々生み出していく。過激でグロテスクな映像が多いキューブリック作品は、公開後に訴訟を起こされるほどの社会問題を起こしたものもあったが、現在ではほとんどの作品が名作として受け入れられている。
 最期は、遺作となった『アイズ ワイド シャット』の公開を待たずして、心臓発作により亡くなった。

[人物]

・映画を制作しようと思った理由は、「今あるどの映画よりもいいものを作れると思ったから」

・映画に関しては勉強熱心で、映画を見るだけでなく、映画理論も研究していた。しかし本人は、「映画制作で最も良い勉強とは映画を作ることである」と断言し、制作することの重要さを説いている。

・三度の結婚をしており、三人目の妻との間には二人の子供がいる。

・共同制作者との対立を機に完璧主義的な制作姿勢となる。何十回と同じシーンを撮り直すため、俳優からは嫌われていたという。

・スピルバーグと親交が深く、彼を自身の後継者と位置付けている。






 映画好きな人間に、「すごいと思う映画監督は?」(または理解不能な映画監督は?)と聞くと、必ずどこかで出てくる名前が、スタンリー・キューブリックです。 

 キューブリックがどのような映画監督であるのか、言葉で表すことは困難です。というよりも、言葉では表現できないようなことを、唯一の感性を以て映像で表現した人物である、といえます。 
 そのため、ほとんどのライターでさえ彼を
「鬼才」と呼ぶことしかできません。

 キューブリック映画は、どれも規格外で、人々の培ってきた文脈から逸脱するものばかりです。

 誰もが直視することを避けてきた残酷な暴力やグロテスクな性愛を容赦なく見せつける彼の映像は、見るものにかつてないショックを与えると同時に、知らぬ間に置いてけぼりにされたような忘我の感覚を植え付けます。

 彼が残した作品は時代の制約を超え、人類に哲学的省察を促します。文化や価値観が濁流する中で、決して忘れてはならない、決して目を逸らしてはならない人間の本能を、厳しく切り立った岩山のように、峨々として示し続けるのです。


 そんな、「後世に影響を与える最も偉大な制作者」スタンリー・キューブリックの手がけた映画のうち、特に必見の5作を紹介します。



① 2001年宇宙の旅


 『2001年宇宙の旅』(2001: a space odyssey)は、1968年に公開された、キューブリックいわく「クズとみなされない最初のSF映画」です。

 キューブリックが打ち出したSF映画の金字塔であり、よくわからない映画の代表作として挙げられる難解な映画でもあります。
 極端にセリフが少なく、ほとんど映像と音楽のみで構成された映画は、確かに見る人を選ぶかもしれません。単調で眠いと感じる人もいれば、かつてない感覚に衝撃と興奮を覚える人もいるでしょう。

 タイトルの通り、本作は、2001年に謎の黒石板“モノリス”の謎を究明する宇宙探査の様子が描かれています。

 映画の序盤は400万年前の猿人を映しており、一人の猿人がモノリスと接触したことで、猿人はヒトへと劇的に進化を遂げます。
 猿人が宙に放った骨が宇宙船に変わるジャンプカットは、映画史における革命的な映像です。有名なこのカットは、物事が劇的な進化を遂げることの比喩にも用いられるほど、社会に影響を与えました。

 また、映画を象徴する謎の黒石板“モノリス”は、最近似たようなオーパーツが世界各地で発見されたことで話題になりました。おそらく芸術家が立てたものだろうと推測されていますが、確かなことは分かっていません。異質な物体モノリスは、人々の神秘的な感性をくすぐり、何らかの反自然的な作用を齎す不思議なシンボルとして、我々の好奇心と想像力を掻き立てます。



 実に難解な本作ですが、キューブリックが「宇宙における人類の立ち位置」をテーマにしていることは理解できます。

 我々人類は、自分たちでさえその変化を把握しきれないほど、急速な進化を続けています。自然の原理から外れた異常な進化の流れは、この先我々をどこへ連れていくのか。モノリスに手を差し伸べ、異次元に呑み込まれるラストシーンを見て感じることは、それぞれ異なるでしょう。





② 時計じかけのオレンジ


 『時計じかけのオレンジ』(CLOCKWORK ORANGE)は、1971年に公開された、欲望と管理のジレンマを描く風刺的作品です。

 暴力、ドラッグ、セックス。欲望の限りを尽くす不良グループを鮮烈に描いたこの作品は、公開後すぐ、社会に大きな波紋を起こします。
 若者を中心としたカルト的な信奉者が、映画に影響されたと思われる殺傷事件を起こしたのです。訴訟問題にまで発展した本作は、キューブリック本人の意向により、公開を中止することになってしまいました。

 それほどインパクトと影響力の強い『時計じかけのオレンジ』。

 特に印象的なのは、アレックスをリーダーとする不良少年グループ「ドルーグ」が行った輪姦のシーン。
 盗んだ車で警察から逃げる一行は、困窮を装い、親切心から受け入れてくれた中年作家の家に押し入ります。助けてくれたにもかかわらず、一行は「雨を唄えば」を歌いながら暴れ、押さえつけた作家の目の前で、その妻を順に犯していきます。
 目を覆いたくなるような非道行為もさることながら、登場する性器を模したオブジェの数々も、その狂気性を演出しています。

 ルドヴィコ療法のシーンも、大きなインパクトを与えました。

 逮捕されたアレックスは、刑期短縮の機会を得て、ルドヴィコ療法の被験者となります。実験者はアレックスを縛り付け、クリップで瞼を開いた状態に固定し、目薬を投薬しながらナチスの残虐な映像をじっと鑑賞させ続けます。そこでは彼が好んで聴いていたベートーヴェンの第九が流れており、治療の結果、アレックスは最も敬愛する第九を聴くと吐き気を催す身体になってしまいます。

 この拷問的な治療シーンは、心理学界隈でも取り沙汰されるほど話題になりました。




『時計じかけのオレンジ』が描くのは、人間の残虐非道な本能と全体主義的な管理制度のジレンマです。
 人間が忘れようと努めても決して忘れることのできない根源悪。「時計じかけのオレンジ」という言葉が示す皮肉は、時代を超えて人々の残虐心理に問い続けます。






③ シャイニング



 『シャイニング』(THE SHINING)は、1980年に公開されたサイコホラー映画です。

 ジャック・ニコルソンが扉の裂け目から顔を覗かせるジャケットでお馴染みの本作。

 映画史に残る超名作は、キューブリックの大変なこだわりのもと制作されました。


 原作者であるスティーブン・キングが小説と違う内容に猛抗議したという話は有名です。キューブリックは、スティーブンがかけてきた抗議の電話に対し、非常に挑戦的な態度をもって対抗しました。両者の確執は公開後も続きましたが、どちらの作品も非常に高い世間の評価を得たため、全く別の作品として扱われることで、ひとまず妥協点が見出されました。


 本作は、非常にテイク数の多い撮影が行われた映画であることも、よく知られています。キューブリックのこだわりは執念の境地に達していて、一つのシーンを納得のいくまで撮り直すため、俳優からは陰口を叩かれていたそうです。ジャケットにもなったジャック・ニコルソンの狂気に満ちた表情は、わずか2秒程度のシーンであるにかかわらず、190以上のテイクを費やしたといいます。


 エレベーターから流れ出る真っ赤な血、双子の少女、車のおもちゃ、237号室、タイプライター、斧、黒人など、印象的な映像の多い本作ですが、これらの狂気性をはっきりとした恐怖に押し上げたのが、シェリー・デュバルの叫びです。
 何度もテイク数を重ね、演技ではなく本当に気が狂ってしまった様子を撮影した、ジャックから逃げるシーンは、シェリー・デュバルが精神をすり減らしながら臨み続けた結果、映画史に残る恐怖シーンとなりました。


 『シャイニング』には超自然的な現象が含まれていますが、キューブリックはそのようなSF要素を全面に押し出さず、見事に狂気性と融合させ、見る人の死生観や恐怖心理に訴えかけるような作品に仕上げました。ただのホラーではなく、未消化感を多分に残すことで、人々はより強く作品に引きずり込まれてしまうのです。

 ちなみに、2019年に、約40年ぶりとなる『シャイニング』の続編が公開されました。「シャイニング完結編」と銘打った続編『ドクター・スリープ』は、超能力を持ったジャックの息子ダニーが大人になった姿を描いており、『シャイニング』の世界を忠実に再現しながら、前作よりもSF要素が強めの作品に仕上がっています。





④ フルメタル・ジャケット



 『フルメタル・ジャケット』(FULL METAL JACKET)は、1987年に公開された、ベトナム戦争を題材にした戦争映画です。

 本作は、前半と後半で全く別のストーリーになっています。

 ストーリー前半では、アメリカ海兵隊で行われる厳しい訓練キャンプの様子が映し出されます。
 ここでは、鬼教官の徹底的な罵倒と体罰、訓練生間のいじめ、落ちこぼれ訓練生の発狂など、閉鎖的空間からおこる社会的ストレスが、見るものの精神をも削り取りかねないほど強烈に描かれています。

 特に、ハートマン軍曹の過激な叱責と罵倒の言葉は印象的です。

 「貴様らは人間ではない。両生類のクソをかき集めた値打ちしかない!」「上出来だ。頭がマンコするまでしごいてやる。ケツの穴でミルクを飲むまでシゴき倒す!」「貴様だろ臆病マラは!」「まるでそびえ立つクソだ」 等々...。

 毎日こんな言葉で怒鳴りつけられたら、気が触れるのも仕方ないですよね。



 ストーリー後半は、厳しい訓練を耐え抜き、ベトナム前線に送られた海兵隊員の戦いの様子が描かれています。

 情けの存在しない、常に死と隣り合わせの戦場で、彼らは次々仲間を失っていきます。前線での戦いの様子は誇張されたところがなく、他の戦争映画と同じように、リアルな戦闘をありのままに描いています。

 運よく生き残り、任期を終えることができる隊員たちが「ミッキーマウスのうた」を歌いながら行軍するラストシーンは、とても印象的です。



 『フルメタル・ジャケット』が他の戦争映画と一線を画する点は、主にストーリー前半部分の訓練キャンプの様子を描いた点にあると思います。

 戦争のストレスは、集団外に向けられるものだけではなく、集団内にも亀裂を生みます。
 人の意思と乖離して膨張し続ける無惨な戦争被害の齎す狂気的な心理作用が、キャンプの異常さを描いたことによって増長され、後半の戦闘シーンがよりサイコロジカルな血の匂いを纏って訴えかけてくるように感じさせるのです。






⑤ アイズ ワイド シャット



 『アイズ ワイド シャット』(EYES WIDE SHUT)は、1999年に公開されたカルト的官能映画です。

 本作は、キューブリックが「私の最高傑作だ」と語っていたことと、結果的に彼の遺作となったことの話題性もあって、公開後にはたちまち世界中でヒットします。
 しかし、『アイズ ワイド シャット』は、これまでの作品と比べるとあまり評価が高くありません。

 トム・クルーズ演じるイケメンで間の抜けた医者が妻と浮気心の間に懊悩するだけの、どっちつかずで煮え切らない展開が続くのにイライラしてしまうことは、低評価の大きな要因だと思います。
 本作はエロティックでミステリアスな映画として売り出され、キューブリックが描く狂気じみたエロスと際限なき欲の解放を誰もが期待していました。しかし、スクリーンに映し出されたのは、女を前にたじろぎ、おろおろし続ける冴えない男の現実逃避ともいえる妄想。期待外れの出来に多くの観客はがっかりしました。「唯一褒められる点はニコール・キッドマンの美しい裸体だけだ」というような評価が相次ぎ、官能映画としても三流に位置付けられてしまいます。


 主演のトム・クルーズとニコール・キッドマンは、籍を入れた本当の夫婦でした。キューブリックは撮影に集中させるため、二人を一年間イギリスへ滞在させたいと考えますが、その要望に対する二人の意見が割れ、これを原因として離婚することになってしまいます。
 プライベートの軋轢が、映画の評価にも影響を及ぼしたのかもしれません。



 酷評となったキューブリックの遺作ですが、本作にもキューブリックらしい十重二十重のメッセージが込められていました。

 タイトルの「EYES WIDE SHUT」は、「Keep your eyes wide open before marriage, half shut afterwards.(結婚する前は両目を開いてよく見るのが良い、そしてその後は片目を閉じるのが良い)」という格言からきた造語で、Eyes wide(目を見開く)とShut(閉じる)が共存した、矛盾語になっています。これは、「眼を見開き心(の目)を閉じる」と解釈することができ、夫婦の難しさを描いた本作だけでなく、人間生活全体に当てはまるキューブリックのメッセージとして受け取ることもできます。

 さらに、ラストシーンであるニコール・キッドマンのセリフ。「私たちは大事なことをすぐにしなくてはならない」に続く言葉は、本作のみならずキューブリックの残した最後の言葉でもあります。

 彼は、己の残す最後のメッセージとして「FUCK」の4文字を吐き捨てていきました。








 「後世に影響を与えた最も偉大な制作者」キューブリック。彼の作品をまだ見たことのない方は、ぜひ視聴することをおすすめします。


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