生きるためにご飯を食べた

彼女が逝ってしまってから、まったく食欲が無くなってしまった

正確に言うと、腹は減るのだが「食べたい」という気持ちが無くなってしまった。それでも倒れてしまうと困るし、妻や下の子に食べさせるためにも、自分が食べない訳にはいかない。だから家族と一緒の時には食べたが、それ以外はナッツやバー的な物を口に入れた。心配して友達が食事にさそってくれたが「食べ方が変わってしまった」と言われた。仕方なく口に運んでいるような様子だったらしい。

実際、「何か食べたい」とか「美味しそう」とか言う気持ちは全く無くて、一週間ほどで5キロくらい体重が落ちた。身体が薄くなったのを実感したほどだ。

精神的にはもちろんドン底で、食べてないから力も出ない。フラフラになって気絶するように寝ては目覚めて絶望することを繰り返していた。

しかし仕事はしなくてはならない

というか自分でやると決めたので、仕事に出かける。事情を知っている人も居れば知らない人もいるので、出来るだけ何事もなかったように過ごす。困ったのが食事時で、流石に何も食べないワケにも行かないのだが、若い人も一緒なのでハンバーグ屋だったりラーメン屋に入ったりするのだ。

実際、この頃まだ消化器系もずっと不調だし、もう何もかも調子が悪かった。ハンバーグやラーメンなんてビタイチ食べたくないのだけれど、無理やりにでも食べれば身体だけでも不調じゃ無くなるんじゃないか、と思い立ち、とにかく一緒に同じモノを食べることにした。

腹は痛くなるわ吐きそうになるわで、それはそれは酷いモノだったんだけど、なんとか詰め込んで、結果的にコレは良かったのだと思う。長期ロケが始まる頃は、ドン底の気分に肉離れした足を引きずった状態だったが、なんとか最終日を迎え、ご飯を食べ、仕事をし、生きていく自信が少し取り戻せそう気がした。

しかしその日、仕事もエンディングを迎えようかと言う寸前に携帯が鳴る。
妻からだ。平日夕方ロケ中だと分かっているのに。嫌な予感しかしなかった。

取った電話の内容は「癌が再発しちゃった」という報告だった。
昨年、妻はステージ4の癌を発症していて、闘病の末に奇跡的にすべての癌を手術で削除できた、はずだったのだ。ただそれは目に見える部分の話で、細胞レベルではそうではなかったらしい。

ちょっと気が遠くなって、申し訳ないのだけど、早く終わらせて家に帰りたい、という気持ちのまま仕事の最後のパートをこなし、もう一度妻に電話をかけた。足から力が抜けてへたり込んだ。

彼女が逝ってからちょうど一ヶ月後の出来事だ。不遜ながら「どうして僕らだけがこんな目に」と思った。寝不足のまま車を飛ばして帰宅した。一刻も早く帰りたかったんだ。



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