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創作短編【お題】今年の夏/ひるねちゃんが/月面で/線香花火する話

線香花火というのは
とても意地悪の悪いやつで、
持つところと
火薬のところとを
逆さに持ってしまった
小学生のころを思い出す。

からん、ころん、
と下駄まで揃え
さりげなくアサガオの咲く
真っ青な浴衣に身を包んで
お祭りに行ったのに、
最後の線香花火で
ヘマをしてしまった。

友達の前で誤って
燃やしてしまった
花火の持ち手のように
私の気持ちも
しなしなになってしまって、
とぼとぼと帰路に着く。

 

「毎日に
 力が入りすぎていたんだよ」
言い訳みたい。
私の話を聞いていた妹が
じっとこちらを覗き込む。

「お姉ちゃん、
 もう線香花火しないの?」

そういえば、
あれからしたことがない。

夏の終わりのイメージがあるけど、
線香花火初心者には
夏の初めくらいが
ちょうどいいのかもしれない。

「いいね。
今夜、やろう」
立ち上がった。

「でも、うちアパートだよ。
できないよ」
「とっておきの場所がある」
不安そうな妹を連れて
ホームセンターへ向かう。

 

線香花火だけのパックを探すのには
ひどく苦労したけど、
大きな花火は
どうもあの 破裂音がダメで。

なんとか1つ見つけて
レジに並ぶ。
もちろん、
火消し用のバケツや
ろうそくも忘れずに。

「どこへ行くの?」
「駅」
不安そうな妹を横目に
ホームセンターから
最寄駅へ向かい、切符を買う。

電車で下ること30分。
ゴトゴト揺られつつ
ひたすら山に向かう。

夜の上り電車は少ないから、
花火が終わったら
早く撤収しなくては。
気持ちが急く。

 

辺りが
徐々に暗くなってくるころ、
目的地の駅に降り立つと
記憶と同じ風景が
ちゃんと広がっていた。

「暗いし、こわいよ」
「大丈夫」
iPhoneのライトを灯りにして、
駅を背に進む。

しばらく歩くと、
途中から草の生い茂る
山道に変わる。
踏ん張りながら、
そのまま岩肌も登って行く。

 

「お姉ちゃん、私もう…」
「着いたよ。『月面』」

ライトを消すと、
頭上には星空が広がっている。

オリオン座が
見当たらなくなるほど
大量の星がくっきりと見え、
天の川も流れている。

「すごい…」

「ここ、お祭りのときに
みんなで見つけた秘密基地なの。
ほら、だれも来ないでしょ?
足元、おっきな岩で
ゴツゴツしてるから『月面』。
そのまんまなの」

顔では笑いつつも
花火を持つ手の緊張が拭えない。
大丈夫。こっちが持つ方だ。

   

あの日私は
片思いをしていた男の子に
ひどくからかわれた。

「逆だよ。
そんなことも知らないの?」

恥ずかしいような
泣きたいような気持ちを
抱えて帰ったから、
あれからどうも
線香花火は苦手だ。

だけど。なんでだろう。
今日、
このままにしたくなくなった。

 

「わ。ついた。」

パチパチと音を立てて
一瞬のために、燃える。

あ、私も
この時間のために
ずっと何かを
引きずっていたのかもしれない。

「お姉ちゃん、
    バケツ使ってもいい?」
「あ、うん。
 ペットボトルのお水
 入れてからね」

大丈夫、もう動いてる。
もう動き始めてる。
バケツに水を注ぐ
妹の背を見ていたら
ほっと肩の力が抜けた。

本物の月面にだって、
こんなに楽しい
花火はないだろ。

岩肌を撫でる。

 

ひるねちゃん、
お題のご提供
ありがとうございました!

写真素材:ぱくたそさん

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