私の自転車はボロボロである。
まず左のブレーキをかけると錆が付いたような甲高い音が町中に響く。
驚くことに、買った当初からそうなのだ。
不良品かと思って店に持って行ったら、「安い自転車はそうなんですよね」と言われた。
そういえば私の自転車は安い。
なにせ店中で一番安い自転車を買ったからだ。
そんなボロボロの自転車を、私はかれこれ6年程愛用している。

そんなボロボロの自転車は絶妙にダサくて、
ボディには和訳すると「破壊！！」と書かれたアルファベットが並んでいる。
中学生の服に書いてあってようやく許せる単語のチョイスだ。
見た目もボロボロで「破壊！！」と自虐している自転車、
いっそ盗まれたら買い替えるけどなと思い
鍵をかけずに買い物に出たりもしてみるが、未だ盗まれていない。

【安い・ボロい・ダサイ】の三拍子揃った「破壊！！」は
流石に街でもあまり見かけないのだが、
同じ自転車を使っている人を１人だけ知っていて、
私はその人のことが密かに気になっている。

１人、と言ったがその人を認知していない。
どんな人が乗っているのかは知らないのだ。

まだ最寄りの駅に無料の駐輪場があった頃、
その人は毎日自転車を駐輪場に停めていて、
「同じ自転車だなあ」と思っていた。
その人が自転車を停めるところも走り去る瞬間も見たことがない。
男か女かも分からない。

駐輪場が有料になってからはその自転車を見かけることもなくなり、
私はなんとなく寂しい気持ちになったものである。

【安い・ボロい・ダサイ】を先述した後に仲間がいるなんて話
失礼だという人もいるかもしれないが、
恐らくその人もデザインではなく価格のみで決めた口だと思うので
そこは多めに見ていただきたい。

ところで先日近所を「破壊！！」で走っていると、
なんとコンビニの前に「破壊！！」が停まっていて、
私は遂走っていた自転車にブレーキを掛けてしまった。

コンビニということは、この持ち主はそう長くない間に外に出てくるはずだ。
私は胸を昂らせ、コンビニの中を一瞬一瞥したのだが
客は何人もいて持ち主は分からない。

私は今、同じ自転車に乗っている。
私の知る限り、同じ自転車に乗る同志は１人だけだ。
今までの謎が今日解けるのか。

そう思った辺りで、私はふと気が付いてしまった。
「コンビニから出たら同じ自転車に乗った女がこっちを見ているなんて、
普通に気持ち悪くない？？？」

危なかった。私は気がつくと不審者の入り口に突っ立っていた。

まだ「他人の身になって気持ちを考える」という道徳心が生きていて良かった。
私は「破壊！！」の持ち主がコンビニから出る前に
再び自転車を走らせた。

今は自転車の買い替えを検討しているので、
その人と同じ自転車を乗る期間は残り僅かだろう。

世間は意外と狭い、なんてよく言うけれど、
こうして、すれ違いそうですれ違わない人も
世の中に結構存在しているかもしれない。