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東京サルベージ【第30回◾️春の夜の夢】

海外で働いているKから”武蔵坊”の連絡先を知らないかとの電話が来た。

突然のコンタクトに私は驚いた。

Kは中学の同級生で、大学に入学したくらいまではたまに会ったりしていたが、すっかり疎遠になっていたのだ。

彼が、風の噂で日本の商社で数年働いた後、フランスに渡ったということは聞いていた。確か日韓ワールドカップの頃だったと思うから、それでも随分昔の話だ。


「今どうしているんだ?」と聞くと、フランス語が通じるアフリカの某国で日本の古着を売る仕事をしているという。

「古着の販売?」

代官山・中目黒の界隈にヨーロッパ古着を売る店があるがそういった瀟洒な店構えのショップを想像してみたが、乾いた熱帯の国にはふさわしくないような気がした。

「向こうどんなのが流行ってるんだ?」と聞くと、ファッションの流行などは俺には関係ないさ、と言う。「80年代から90年代のメンズの違反制服を専門に商ってる。」


「違反制服って、あの短ランとかボンタンとかそういうやつか?」

そうだと、と彼は言う。極端に着丈が短かかったり、極度に裾幅を絞ったりしてるアレだという。

随分ニッチなものを扱っているんだなとの言葉に「バカを言え」と彼は興奮した。

今、向こうでは富裕層たちがこぞって短ランやボンタンをかき集めて、着飾って集っているのだそうだ。Kのいる国では先日大規模なクーデーターがあったが、指導者とその側近の数人は長ランを翻して学帽をアミダにかぶり戦車隊を指揮していたらしい。無論、日本の古着であり、裏地には毘沙門天の刺繍がされていたとのことだ。


ブームのきっかけはコスプレだったらしい。日本のヤンキー漫画のアニメ動画から影響を受けたインフルエンサーたちが面白半分で手作りのそれっぽい制服を着こんでいたところから火がつき、それが海外のブランド品を買いあさっていた資源ビジネスの富裕層にうけたらしい。それが次第に「本物志向」に発展し、日本のオークションサイトに一部面白半分で出品されていたようなものにとんでもない値段がつくようになったとのことだった。「本物は生地感が違うんだ」とKが厳かに言った。


驚いて手元のPCでニュースを検索すると、確かに旧制高校の應援團の学ランが某国にて数百万で取引されたというものや、某デザイナーのファッションショーのランウェイが全員ボンタンだったというような英文の記事にでくわした。それにしてもまるでヴィンテージデニムのような扱いである。


「もちろん旧制高校の学ランのようなヴィンテージ品には滅多にお目にかかれやしない。だから俺は球数の多い80年代~90年代の改造制服に的を絞っているんだ」とKは早口にまくしたてた。


確かにあの頃の制服は「個性」があった。ミリ単位で調整し、裏地や刺繍などにこだわったものが巷にあふれかえっていた。ジョニーケイ、ベンクーガー、コブラ、キングダッシュ・・・今もあるのか定かではない違反制服専門のブランドたち。しのぎを削ったああいったブランドの、職人さんたちは今どうしているだろうか。


「そこでだ。繰り返すが“武蔵坊”の居所がわからないかな」

“武蔵坊”は無論あだ名で、隣の中学のとんでもない巨漢のヤンキーだった。駅裏で違反制服を来ている他校の連中を捕まえては、締め上げて制服を奪う、ボンタン狩りと称するアクティブに過ぎる活動を行っていた。


1000のボンタンを狩ったという噂が流れて“武蔵坊”というあだ名がついていたが本名は加藤君だったと思う。彼自身はアラジンと魔法のランプにでてきそうなくらし幅広な、ムササビのように空にとべそうでそれでいて足元がキュッとしたパープルの改造制服を着ていた。そしてやたらと声が甲高かった。要するに出くわしたくなかった。


「知るわけない」と私は焦った。彼とはたまたま通っている学習塾が一緒だけだったし、そのおかげで私の中学に遠征して来た彼に「よう、ピョートル元気?」と声をかけられ、彼の前で土下座させられている自校のヤンキーたちの目の前で随分気まずい思いをした。「別に仲が良かったわけじゃない」


「そうか、知らないか」落胆する彼に、私おぼろげな記憶の彼の本名を教え、フェイスブックでもやっているかもしれないと伝えた。だが、もし彼にSNSか何かで連絡先がわかっても、追いはぎ同然にして集めたボンタンを未だに所持しているだろうか・・・。もし未だに持っているとして、そんな危なっかしいものを売りさばくバイヤーにわざわざ譲ってくれるものなのか疑わしいところだった。一方で、案外昔のコレクションをインスタグラムで披露しているかもしれないとも思った。


Kとはその後少し昔語りをした。最近では、学校で違反制服と便所の落書きを見なくなって久しいと言われている。着るものはファストファッションで用が足りるし、制服を改造するくらいなら携帯のアプリにでも課金した方が良いのだろう。悪口や不満はわざわざ便所のドアになんか書かなくたってインターネットを通じて世界に発信できる。


だが、思い返せば、校則に制限される中での渾身のおしゃれや自己顕示が、綺羅星のごとく行われていたあの狂乱の時代がたまに懐かしくも思えてくる。大喜利のように気の利いた落書きを見ながら便意からの開放感に浸った春が懐かしくよみがえった。Kは「アフリカだけじゃない、見てろよ。世界に飛び火するぞ」と彼は最後に予言めいたことを最後に言った。


ゴールドラッシュで湧いたアメリカ西海岸の鉱山跡に、デニムハンターと呼ばれる発掘人たちが、労働着として廃坑の土中に眠っている古のデニムを狙って掘り起こすという話を聞いたことがある。そして、ボロボロの19世紀初頭のデニムが数百万で取引をされたりするという。


時代はSDGSだ。コロナがあけて、世界中からボンタンハンター達が次々と来日する日が来るのだろうか。来ないだろうなぁ。


なんて、エイプリルフールも近いから、今回はひたすら妄想を書き綴ってみた。

取材、執筆のためにつかわせていただきます。