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東京サルベージ【第29回◾️ピョートルとボウリングシューズ】

 春めいてきたので、薄でのベージュコートに白い靴をあわせてコーヒーショップにでかけた。この白い靴はヴィンテージのボウリングシューズをオールソール(ソールの張り替え)したもので、お気に入りの一足である。


私は、この靴と高円寺のアンティークショップで出会った。8アイレットのレザーシューズで、ボウリングシューズとしてはかなり高級なものであったことが一目でわかった。1960年代のアメリカ製。ボウリング黄金期のただずまい。一目惚れだった。申し分のない造りの靴だったが、問題は私がボウリングをたしなまないことだった。


外履きとして使えぬこともなかったが、ボウリングシューズだけあって、とにかく滑りやすい(当然だ)。靴底はスエードの革になっていて、外履きにしようものなら、駅のコンコースや階段などで転びかねない。マニアの間ではスーサイドシューズと呼ばれる靴そのものだった。


サルベージをしてみたものの、使い道の無い靴ほど始末に困ることはない。

そのときふと閃いた。

「そうだおまえをダンスシューズにしてやろう。」


 当時私は、ヒップホップダンスの習いたてで、チャールストンというステップを習ったものの、靴をすべらせるコツがわからずに苦悶していた。どうしてもバスケットシューズだとブレーキがかかってしまう。ところがこのボウリングシューズときたら滑ることにかけてはお手のものの靴である。何ていいことを思いついたんだろう。私はほくそ笑んだ。


 果たしてチャールストン対策としては、このボウリングは絶大な効果を発した。(凄い、できるぞ。俺にもできるぞ)ほくそ笑みたいくらいに滑る。(練習してきたんだな、あんた)という目で見つめてくるインストラクターに「僕の秘密はこれさ」と種明かしをしてやりたい気分だった。 


 それから、1年くらい私はその靴を履きダンスを続けた。


「なぁ、ボウリングシューズはボウリングをするための靴だったろ」

あいつが私に語りかける。あいつは私の斜め45度くらい上から、私の行動をとやかく評論家気取りで言ってくる存在である。いわゆる心の声とかいう奴だ。

「・・・うん」

「馬鹿なピョートル。おまえはストリートダンスを習いに行ってるんだよな?」

「ああ」

「じゃあ、ほかの皆さんみたくスニーカー履いて踊れよ。ちゃんとインターネットで初心者向けって書いてある軽くてダンス向きのオーソドックスなやつを大人しく履いて踊れよ」

「・・・」

「スポーツシューズっても革靴だからな。重いだろ?体も変なところ痛めてるだろ?」

「うるせえな」


ボウリングシューズはボウリングシューズだった。

右足はより滑りやすく、左足は滑るもののややブレーキがかかりやすくできている。右足と左足のスエードの質・面積、ゴム部分の面積が異なって作られている、繊細な靴なのだ。

その頃の私は、右足と左足の癖が違う靴を履いて踊り続けることで、私の体は変な箇所が痛むようになっていた。

また、チャールストンやスライドといった滑る動きに絶大な威力を発揮したが、止まる動きには弱く、また革靴だけに重かったし、レザーのヒールは、ステップを踏むとドシドシと音がした。

薄々わかっていた。使いはじめて2ケ月くらいでわかっていた。

ダンスには向かない靴だって。


だが私は、憧れていたのだ。

鉄下駄を履いて修行した山伏が、軽いみのこなしで動けるのや大リーグ養成ギブスを外した星飛雄馬が剛球を投げるようなシチュエーションに。

この重い不規則な動きをするそれでいてやたら滑るじゃじゃ馬みたいな靴を脱いだときに、「体が軽い!動けるぞ、俺!何でもできるぞ、俺!」みたいな状態になることを。


結局、左右の足の違う箇所を痛めたりして、踊りに変な癖がついたりで、1年たってこのボウリングシューズで踊ることは諦めた。

なおも、往生際の悪い私は、社交ダンス用のいやに作りの良い靴(これもアンティークショップで見つけた)を履いて踊ったりしてみたが(さすがにダンスシューズだけあって左右のバランスは変なことにならなかったが、かかとは重いし、ヒップホップには向いてないんだよなぁ・・・)、結局はABCマートで買ったVANSのいたって普通なスニーカーに落ち着いた。


ボウリングシューズを履かなくなったとき、レッスンでたまに一緒になる女の子が、「今日はあの白い靴じゃないんですね。」と声をかけてきた。「思うところがあって新しい靴にしたんですよ」と寂しく笑うと「あの靴格好良かったですよ」と言ってくれた。

一方、インストラクターには「あれ、ピョートルさん、やっとスニーカー履いてきた。」と言われたのだから、(このオヤジ、何で踊りづらそうな靴を履いて踊ってんだろ)とずっと思ってたんだろうな。

そうさ。頑ななんだよ、オヤジは。


そんなわけで、1年履きつづけたボウリングシューズは、ラバーソールに換装され、外履きとして使われるようになった。滑らないただの白い靴として存在している。

おまえを履いて、陽のあたる道を歩いていると、じゃじゃ馬だったころを懐かしく思い出すのさ。

取材、執筆のためにつかわせていただきます。