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東京サルベージ【第28回 ■ ピョートルと黄金の靴 】

金色の靴を買った。
何を血迷ってと自分でも思うが、買ってしまったものは仕方がない。

私は、つくりのよいモノが不当な評価を受けているところに遭遇すると、つい血が騒いでしまう性分で、つい、「おじさんちに来るかい?」と声をかけたくなってしまう。
下駄屋の丁稚小僧だった祖父の遺伝子がそうさせるのか、この傾向は靴に対して発動されてしまうことが顕著なのだ。

そんなわけで、金色の靴も売れ残って捨て値がつけられていたのに出くわしたのだが、派手な姿こそしていたが、これがつくりの良いものだというのが一目でわかった。
維新で没落したおひいさまを廓で見かけたようで胸につかえた。
こういうのに弱いのだ。

(元値の何分の一だ・・・?超お買い得じゃん)
(でも・・・金色だぜ、ピョートル)
もう一人との私「あいつ」とのせめぎあいが始まった。
(そうだ・・・金色だ。捨ておくんだ。)と見なかった振りを決め込んで足早に去ろうとしたが、つい振り返ってしまった。

(わーい!金色のスニーカーだぞ。)
スニーカーの癖に、デザインはクラシックなウイングチップのそれで、だが搭載しているソールはいかにもクッションが効いていそうなスポーティな仕様だった。
そして元値は私が所持しているどのスニーカーよりも高価だった。
元々はドレスシューズで名を馳せたアメリカのブランドのものなのだ。

手に取ってみると案の定物凄く軽い。
ダンス用に使っている軽さが売りの手持ちのスニーカーと比べても圧倒的な軽さだ。こんな軽い靴を私は知らぬ。
だが、金色に輝いているくせに、風体はドレッシーなのである。

(いったいどういうターゲットに向けた靴なのだ・・・)
スーツ姿の金髪の男が跳躍して商談にやってくるような、早い話がビジネスにもスポーツにも使いづらい、用途に混こまりそうな風体をしていた。
見せしめのような価格は、販売担当者の怒りがにじみでているような気がした。

町履きにも悪目立ちしそうだし、夜道で歩いていたら、靴だけがこちらに向かってくるような気がしそうだ。
特に月夜の晩は顕著だろう。

(何故これが企画会議で通ってしまったのか・・・)
思考をめぐらせてみたが、とんとわからぬ。
ゴールドでスポーティならまだわからぬもないが、ドレッシーなのである。

ひょっとしたら、この靴は他の靴を買わせるための陽動なのかもしれないと思った。
例えば、ブラックやネイビーといった無難なカラーで迷っている客がいるとする。
オーソドックスな色は、それはそれでちょっと無難すぎやしないかと迷いが生じるのだ。
考え込んだうえに「ちょっと考えてまた来ます」と言ってそれっきりということもあるだろう。
そこへおもむろに、裏のストックルームに戻った販売員がこの金ぴかを片手に販売員が現れる。
「ありました!1つだけ残ってました!!(→もともと一つしかない)」
もったいぶって靴箱を開ける。
「ラインナップでゴールドもあるんですよ!」
とおもむろにこれをぶつけるのだ。
(え・・・金?・・・やっぱ無難がいいよね・・・)と迷いが消える・・・。
いわば販売員補助のような時間を過ごし、すべての同期たちを見送って、ぽつんと売れ残ったのではないか。

(おまえよく頑張ったな。この俺がサルベージしてやろう)
最初から売れ残ることが宿命づけられた靴を手に取り、私はむんずとレジに差し出した。そして、家路についた。

そんなわけで、家には金色の靴がある。どうコーディネートしたものか・・・とんとわからぬ。この靴が似合う人はどんな人なのだろうか。
(タカラジェンヌなら見事に履きこなすだろうな。)

コロナがあけたら、この靴を履いて、東京宝塚劇場の前で、月組の出待ちをしてみたいものだと思った。

春の月夜の晩が良いだろう。

取材、執筆のためにつかわせていただきます。