見出し画像

そんな打算的な感謝ならもうやめたら。

感謝を伝え合うイベントがあった。ちょっとした瞑想をしたのち、みんなで円になって感謝を伝えたいひとにただ伝えていく時間。

何回言ってもいいし言わなくてもいいし、誰に言っても人じゃないものに言ってもいい。

会社でよくある「ありがとうボート」「サンクスカード」てきなアレ。

だと思っていたが、全然違った。

感謝の気持ちを述べようとすると、どうしても泣きそうになる。わたしはなんてひとに助けられて生きているのだろう。やさしくて美しいみんなのココロを、いつもより近くで鮮明に見られたことがうれしかった。感情がバグっていると言われても、泣くことをやめられなかった。

実は毎日、感謝していることを3つ書いてから寝ている。これまでしてきたつもりだった感謝は、作業になっていたのだときづく。

なぜなら3つを考えているとき「感謝すべきことを見つけたら、幸せな気持ちになれる」という下心があったからだ。「幸せになりたいから」今日あった感謝すべきことをみつける。そんな打算的な思いで継続していたのだ。

でも感謝を3つ書くから幸せになるのではない。1日をふりかえってできごとに「感謝認定」していくから幸せになるのでもない。

幸せなことはそこにあると気づくこと、その気持ちを味わうことだったのだと思う。見つけるから幸せになるのではなく、幸せに気づくだけ。なんだか、本質を理解していなかったみたいだ。幸せを味わうことを忘れないように。それが人生よ、と先生が教えてくれた。

お返しの愛は無限大、一緒に幸せに貪欲になりましょうね!!