Angel Wing ~4~ 「悪意は笑う」

前回

「……くっそ、あの天使め。メチャクチャやりやがって……」

 昼下がりの住宅街を、1人の男が足を引きずりながら歩いていた。黒を基調としたパンク風の服に、銀色の髪がよく映えるその男の体は、細身ながら筋肉で引き締まっており、行くところに行けば注目の的だろう。しかし今は、体中に傷を負い、歩くのがやっとという有様で、思わず目を逸らしたくなるほどだ。男は歩きながらブツブツと悪態を吐いていた。その足取りは段々重くなり、落胆の色を増していく。その様な状況下で、せめて傷の痛みだけでもごまかそうと、彼はここまでの道程を反芻した。

 強力な闇の力を行使し、天使の園に伝わる秘宝を手にした。ここまでは万事快調であった。だが、突如として現れた天使に決死の覚悟で挑まれ、捨て身の攻撃を食らってしまった。

「お陰でせっかく奪った宝もパア。空すら飛べやしねえ……ったく、ツイてねえにも程が……ん?」

 嘆きの言葉を漏らしている最中、男は何かに気付いてその歩みを止めた。

「……何だ?」

 訝しんで目を凝らすと、前方のT字路の陰から、一匹の黒猫が飛び出し、彼の前に立ち塞がった。

「何だよ。俺様に何か用かよ?」

 男性は猫を睨みつけた。だが猫は物怖じもせずに、男の前から微動だにしない。それどころか、その黄みがかった冷淡な瞳で、逆に男性を睨み返してくる。

「あぁん? やんのか?」

 男が顔を近づけると、黒猫の視線が一瞬だけさらに鋭くなった。

(な、なんだ、コイツ……?)

 それを見た男は内心たじろぎ、身を固くした。しかしその直後、黒猫は男の前を横切り、またT字路の陰に隠れ、どこかに行ってしまった。

「……変なヤツ」

 男は黒猫を追いかけることはせず、しばらくその場に立ちつくした。

「……ん?」 

 すると、今度は自分の体になんらかの異変を感じた。その正体を確かめるべく、男はおもむろに腕を軽く回した。

「こいつは……?」

 そして体中をあちこち触り、最後に背中に手を当てると、ある衝撃の事実に気が付いた。

「……傷が治ってる! いや、それだけじゃねえ。体の奥から力が溢れてくるみてえだ!」

 男は狂喜の声を上げた。拳を握った右腕を天高く突き上げ、顔中に残忍な笑みを浮かべる。

「何だか知らねえが、ツイてるぜ。待ってな、願いの天使!」

 男は背中から漆黒の翼を広げると、高笑いしながら勢いよく飛翔した。翼から抜け出た羽根が辺りのアスファルトに散らばる。

「……」 

 その羽根の一枚に興味を引かれるようにして、先ほどの黒猫が物陰から現れた。黒猫は羽根の匂いを嗅ぐと、上空を見上げ、ポツリと呟いた。

「……さて、どこまでやれるかな?」

 この世ならざる黒猫の視線は鋭く、どこまでも冷淡だった。

つづく

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