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にっぽんの知恵「缶コーヒー③いつでも、どこでも飲めるコーヒーが欲しい」

        写真:世界最初の「缶コーヒー」の変遷(UCCのHPより)

 インスタントコーヒーだけでなく「缶コーヒー」もまた、実は日本生まれなのです。以前「缶コーヒー文化論」という論文を書いたことがありますので、そのことは知っていました(UCC博物館(編)1994『コーヒーという文化』柴田書店)。
 それを世界で最初に開発したのは神戸市に本社のあるUCC上島珈琲でした。

 で、その開発のプロセスを、あらためて聞いてみたいと思ったのです。あわせて、私の「缶コーヒー文化論」以降の新しい動向についても教えてほしいと考えて、同社の社長であった上島達司さんに声をかけたところ、喜んで共同討議に参加してもらえました。

 今ひとりは、2004年度に1年間、国民1人あたりのミネラルウオーター消費量が日本の10倍ほどに及ぶフランスのパリで、飲料水の研究をしてきた、当時は武庫川女子大学助教授だった赤岡仁之さんです。
 清涼飲料水のマーケティング研究者で、私の同僚でにある彼もまた、最近の缶コーヒー事情には明るいにちがいないと考えたのです。

 こうして「缶コーヒー」をめぐる共同討議が実現しました。

 さて、UCC上島珈琲が、缶コーヒーを発売したのは1969(昭和44)年4月のことです。それが2004年当時、同社の缶コーヒーだけで、年間に約4億2000万本を出荷する一大商品に育っていたのです。業界全体では100億本以上が流通しているということでした。
 とすれば、それを「国民的飲料」といっても過言ではないでしょう。

 その誕生には、興味深い秘話があります。まず上島さんが、それを披露してくれました。

 「開発のきっかけは、意外に単純なことでした。私の父で創業者の忠雄が、昭和40年代はじめのある日、駅の売店で、瓶に入ったミルクコーヒーを買って飲んだんですね。
 ところが、列車が予想外に早く出発することになり、飲み残したまま飛び乗らざるをえなくなった。明治生まれの父は、物を粗末にしたくないと、飲み残しのコーヒーが気になって仕方がなかった。それで、いつでも、どこでも飲めて、常温で流通させられるコーヒーはできないかと考えた。それが缶コーヒー開発の出発点です」

 瓶入りのコーヒーには、ほかにも、ガラスの破損、瓶の回収や洗浄など、さまざまな問題があったといいます。
 旧国鉄の駅の売店で販売されたコーヒーのガラス瓶が列車の窓から投げ捨てられて人身事故を引き起こしたこともあるのだそうです。これまた昭和40年代のことでした。

 こんな時代を背景に、父の忠雄さんは缶コーヒーの開発に踏み切りました。しかし、けっして楽な道のりではなかったようです。

 まず、コーヒーに含まれるタンニンが缶の鉄分と化学反応を起こします。すると、味が変質為てしまいます。だから、缶の内側に適切なコーティングを施さなければなりません。

 また、ミルク入りコーヒーは高温・高圧での殺菌が不可欠です。しかし、そうすると加熱臭で、コーヒーの風昧が悪くなってしまいます。
 ミルク入り缶コーヒーは、こんな困難を克服して開発されました。

 ところが、いざ発売してみると、手軽さが受けて1970(昭和45)年の大阪万博を機に、爆発的なヒット商品となったのでした。

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