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第一次南極観測隊を救った「ありあわせの知恵」

          写真:第一次南極観測船「宗谷」(Wikipediaより)

 1957年に始まった日本の南極観測隊で、初代の越冬隊長を務めた西堀栄三郎さんの「ありあわせの知恵」に驚かされたことがある。

 初めて出会ったときの、西堀さんの名刺が面白かった。
 「Dr.Etesan E.Nishibori」
 と印刷してあったのだ。

 「エテサン」とはエテ(猿)のように器用に、ちょこまかと手と体を動かしていた少年時代からのあだ名だという。

 その西堀さんが、こんな話をしてくれた。

 「越冬中の南極で、屋外のタンクから室内のストーブに、石油を運ぶパイプが必要になったんや。けど、そんなお誂え向きの品物なんか、あらへん。しゃあないから、木の棒に包帯を巻いて、水をかけて外に放りだしといたんや。そしたら、立派な氷のパイプができた」

 つまり、そこに「ありあわせ」の包帯、水、寒さという、まるで無関係なものを柔軟に結びつけて問題を解決したわけだ。

 偉そうな観念ではなく、具体的な物から発想する。本来の用途からの転用も上手――たしかに日本の知恵の一端だという気がする。

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