続かなくていい。多趣味でいい。いろんな世界を知りたい。
この道何十年とか
創業数百年の老舗の店とか
プロアスリートとか
1つのことを続けてる人ってかっこいい。
身近なところだと、いわゆるオタクと言われる人達。昔はオタクと言えばキモいイメージだったけど、最近はその分野の知識が豊富な人のことをオタクと呼ぶ。
イメージとしては、マツコの知らない世界に出るような人達。マイナー過ぎて理解できない部分も多いけど、極めるって凄いなぁと思う。
小さい頃から続けることは偉いこと、凄いことと教えられてきた。
小学生の頃、習い事(習字)を辞めたい!って言ったら、母親に「やると決めたことはちゃんと続けなさい!」と辞めさせて貰えず、しぶしぶキリの良い6年生まで続けた。
母親としては、
・すぐに諦める子になって欲しくない
・やりたいと言ったことに責任を持って欲しい
・続けた先の達成感を知ってほしい
といった想いがあったのかな。
大人になり、親から干渉されることなく、なんでも自分で決めれるようになった。何を、いつ、どのタイミングで辞めようと自分次第となった。
それでも「せっかくここまで頑張ったんだから」「辞めたら勿体ない」と継続する努力をしてきた。もう母親に止められることもないのに。
無意識のうちに
続けること=いいこと
刷り込まれてる気がする。
◇◇◇
続けることはいいことだけど、弊害もある。
世界が狭くなる。
その世界の知識や経験が深まる一方で、その世界にどっぷりいるからこそ、一歩引いた立場から世界を見れなくなる。その世界では常識でも、一歩外に出たらおかしな事みたいなことってたくさんある。
去年あった宝塚歌劇団のショッキングなニュース。部外者が見ればおかしな習慣がたくさんあるのに、当事者はその世界しか知らないし、それが常識だと思ってのかな。
極められた世界は危うさも持ち合わせていると気づかされたニュースだった。
そう考えると、あれこれ手を出していろんな世界を知るのも案外悪くない。続かないのは飽き性とか根性がないとか言われがちだけど、広く浅く色んなこと知ってるの人も素敵だなと思う。
いろんな世界を知ってるからこそ、物事を多面的に見れそうだし。
今やってる趣味なり仕事なりに違和感を持ったらサッと辞めて次の世界を探すのもあり。自分にとって心地よい世界があるかもしれない。
それに、別に今やってることを完全に辞めなくてもいい。ちょっとだけお休みして、他のことに目を向ける。他の世界を知った上で元の場所に戻ったら、また違った視点を発見できるかも。
私も昔は前述した通り、やり始めたことはキリのいいところまで続けなきゃと思って、継続する努力をしてきた。
でも30代になり、「気が進まないこと嫌々やってる時間が勿体ない!サッサと辞めて次の世界探そう!」と切り替えて、次々手を出すようになった。
一時期ピアノに憧れて電子ピアノを買ったが、一カ月しか続かなかった。笑 もう少し練習して弾けるようになったら楽しくなるかも?と考えたが、別に演奏会を控えているわけでもないので、「ピアノは合わなかった、次!」と切り替えてサッと辞めた。
せっかくピアノ買ったのにお金が勿体ない…と後ろ髪引かれるが、勉強代だと自分に言い聞かせている。
いろんな世界を知りたいから。
次の世界を探すために潔く辞める。
時には休む。
そうやって、いろんなことを知る人生が私は楽しいと思うから。だからこれからも「続けなきゃ」に縛られず生きていきたい。
最後に、今回この記事を書くきっかけになった、いもはずさんの記事。
軸がブレることも個性だと認め、また一歩踏み出そうとしている素敵な記事です。
よい気づきをありがとうございました♪
前編
後編
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
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