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スキだから仕方ない

「あっ、おかえり」
「ん」
 黒髪の青年がことも投げに座る。
「……えと……あの……仕事どうだった?」
「東の国が喧嘩売ってきたから追い返した位だな」
 しばらくの沈黙の後、青年……ジェスが口を開く。
「……今年は小麦高いかなぁ……」
「俺、麦より芋派」
「そっか。なら大丈夫だね」
 再び沈黙。
「って、そういうことじゃないよ?!麦派の人も多いっていうか、パイもパンも麺も全部元々は小麦だからね?」
「突っ込むの遅いな」
「遅いな。じゃなくて!…………何?どうした?」
 怒った口調で迫る私とは反対にジェスが突然笑い出す。
「お、俺のマネ……似てなさ……すぎ……逆に面白……お腹痛……殺され……」
「……とりあえず水飲みなよ」
 喉を鳴らしながら水を飲み終えるとジェスがふと思いついたように呟く
「あ、芋も高くなる……ま、いっか」
「そうだよ……これからお芋美味しい時期なのに……ポテトパイとかサツマイモの蒸しパンとか……」
「俺、そんなに食わねえからどっちでもいい。甘いもの嫌いだし」
「本当……俺様」
「職業病だから」
 少しも悪びれないジェスに私は少し安心する。
 彼の職業から考えればこんなに庶民的でいられることすら意外だ。それに、ジェスの俺様はその仕事を始める前からのもので、職業病なんかではない。
「これを機にダイエットしたら?お前体重今何キロだよ」
「……一応女なんだけども」
 わざとらしいため息の後にジェスの言葉が続く。
「もっと女らしくなるために聞いてやってるんだろ?で、何キロだよ」
「は、計って……ない」
 実は昨日の検査で計った時に1キロ増えている。気まずさと恥ずかしさで私は下を見るしか出来ない。
「今計ってきていいよ」
 この声は満面の笑みを浮かべてるに違いない。
「い、いや。ほらジェスとの時間もったいないし……」
「何キロ?」
「……62」
 増えた分はきっと誤差。うん、きっと誤差だからサバは読んでいない。
「前より3キロ増えてるな」
「え?」
「前60きったって嬉しそうに報告してきたろ」
「そ、そうだっけ……?」
 声が震えるのは動揺からで、過去の私を全力で殺したい衝動からではないと信じたい。
「まあ、あと10キロだな」
「え?」
「筋肉と脂肪のバランス反転させるなら8キロでもいいぜ」
 無意識に手を伸ばしていた脇腹の肉がお餅のようにムニッとつまめる。どう考えても脂肪である。
「あ、それと腕立ては出来るようになった?」
「……少し……」
「何回?」
 目が泳ぐ私とは対照的にジェスの声は大変楽しそうだ。
「5、5回」
「ちゃんと腕90度まで曲がる?」
「…………」
「腕立て?」
「う、腕立てだよ!ちゃんと腕は曲がるもん!!……30度くらいまで」
「そうかそうか。少しづつ頑張ってるな。よしよし」
 少し涙目になりながら噛み付くも、小さい子をあやすようにあしらわれ、つい口が尖ってしまう。

「そ、そんなことより東の国の人の話だよ。あそこは正規軍持ってないから兵士さんイコール農夫さんでしょ?収穫する人手絶対足りなくなってるよ」
「俺少食だし、お前ダイエットするから関係ないだろ」
 ジェスは普通のことのように言っているが、いつも良くしてくれる街の人の懐や胃袋事情を考えるとそうだねとは私には言えない。
「関係なくはないんだけど……隣国から応援とか……無理だろうなぁ」
「あぁ、あの国は先月だかに王様死んでそれどころじゃないだろうしな」
「みんなは魔王が呪いをかけたって言ってるよね」
「呪いなわけないのにな。実際に見てないけど、あれは宰相辺りが妃そそのかして毒殺させたんだろ」
「そっか……なんか怖いね」
 胸がチリッと痛む。私が何かされた訳ではないし、その王様ともお妃様とも宰相さんとも面識はない。でも、人の悪意に耐性のない私はこういう明らかな悪意の見える話で辛くなってしまう。
「大人なんてそんな奴ばっかりだろ。お前みたいなのが珍しいんだよ」
「……そうかなぁ」
「すぐシュンとするよな。趣味なの?」
「違うよ!そんな趣味ヤでしょ?」
「シュンとしたと思ったら、キレるのは何なの?情緒不安定なの?」
「これはツッコミ!もう、ジェスといるとおちおちシュンとも出来ないよ」
「いや、してるし。でも、いいじゃん。お前をイジメるのも、可愛がるのも俺だけなんだから。思う存分やれ。いくらでも付き合ってやる」
「いや、無理しなくていいよ?」
「付き合わないと他の奴にやられるだろ?それはヤダ」
「子供か?!」
 そうツッコむ私の口角はいつの間にか上がっていた。私には嘘を言わないジェスにはいつも翻弄されてばかりだ。でもそれがイヤじゃない私はそれこそ魔王の呪いにでもかかっているんだろう。
「ほら、早く寝ろよ。俺眠い」
「自由か!!……しょうがないなぁ」

 ベッドに潜り込むと起きている時より近くで息の音がする。
「……東の国辺りの班長に畑のこと言っといた」
「あ、ありがとう」
「別に。どうするかはあっちの判断だから」
 沈黙が世界を支配する。
「……ねぇ」
 それに耐えられなくなった私は言葉を発した。
「最近、忙しい?」
「……なんで?」
「色んな所でモンスターの話を聞くし……魔王軍が本格的に侵略しようとしてるんじゃって……みんなが……」
「いつも通り忙しい」
「じゃあ、やっぱりそろそろ……え?」
「魔王なんていつも忙しいもんだよ。それに前にも言ったよな。お前がそこから出てきて一緒に暮らせるようになるまではやらないって」
「うん……」
「お前は俺より誰かもわからない『みんな』を信用するの?」
「違うけど……気が変わるなんて良くある話だし……」
「気が変わったら、その時は言うから。早く寝ろ」
「うん……ありがとう」

 ジェスの穏やかな寝息が聞こえてきた所で私はそっと手の中にある文庫本を閉じた。
「ここから出る……か」
 小さく呟いて本を枕元に置く。
 この本があれば、ジェスと会話は出来る。でも、実際に会うことは許されない。それはジェスが魔王業をやっているとかそういう話ではなく、私が罪人として囚われているからだ。
「流石に、足手まといは良くないからね」
 刑期が終わるか、その前に完全に、いや以前より強い心になったらすぐにジェスに会いに行くつもりだ。後者だと被害が出るかもしれないが仕方ないだろう。
「悪いとは思うけど、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ。って言うし、仕方ないよね」

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