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祝福(606文字)

ユカタン半島から船でコスメルという小さな島へ行った。白い砂浜に透き通る海水、ひと気のない海岸は、天気さえ良ければパーフェクトだった。逆に、今にも雨が降り出しそうなグレーの空だったから、人がいなかったのかもしれない。

さすがに南国の夏は暑い。それに、空は雲に覆われていてもそれほど波が高いわけでもなく、透明度の高い海は穏やかだ。遠浅の海を沖に向かって少しずつ歩み進んでいった。

自分以外にも一人だけ海で泳いでいる人がいた。海水が腰の高さほどになった頃、その男性が恐らくは40代か50代ではないかと推測できるほどの距離まで近づいた。

陽気で人懐っこいメキシコ人らしく笑顔で挨拶をしてくれて、簡単な会話をした。日本から新婚旅行できたんだと、数日前に式を挙げたばかりで、その夫は今あっちでウォーターバイクのアクティビティを楽しんでいるんだと話した。

すると彼は穏やかな表情で背筋をピンと伸ばし、頭を少しだけ垂れて、胸の前でそっと手を合わせた。そのまま数秒間、祈るようにじっと動かなかった。

祝福してくれたんだと思った。たとえそれが曇天の下の海の中であっても、さっき会ったばかりでお互いの名前すら知らなくても、純粋なまごころを感じた。言葉ではなくても気持ちは伝わる。嬉しかった。

彼は顔をあげた後、良い旅行を!とひと言残して、軽く泳ぎながら去っていった。また誰もいなくなって、波の音だけが耳に心地よく響いていた。

(写真はイメージです)

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