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俺の毎日 伊豆大島編 太平洋クルージング

大黒ふ頭
 朝7時、横浜駅から同乗したコロナマーク2、そのマーク2を吉川さんは責めまくっていた。
助手席に乗った俺は気持ちが悪くなっていた。後ろの席の乗った高木は完全に死んでいた。この苦行約30分続き、大黒ふ頭に到着した。
  
 「吉川さん、俺、昨日2時まで飲んでいたから、あの運転たまんないすっ」高木が車を降りながら言う。
「悪いね、高木さん、うちの社長、時間にはうるさいから」
まだ運転席に座っている吉川さんが明るく答えた。

 吉川さんと俺は同い年だ。仕事仲間で、最近大規模な工場建築の現場を竣工させた。
彼は一見ゴジラがサングラスをかけたような顔しているが、酒は飲めない。だから二日酔いの苦しさはわからないようだ。
「俺、車を置いてくるから」と吉川さんは言い、マーク2はタイヤから凄い音をだして走り去った。
  
ランボルギーニ・カウンタック
 
そこで待ていると、遠くから凄いエンジン音が聞こえてきた。
「おい、高木、何か凄いエンジン音がしないか?」
「しますね」
音の方向を見ると、ふ頭の道路からカメムシみたいな黄色い車が近づいてくる。なんとランボルギーニ・カウンタックだ。それも黄色だ。

ランボルギーニ・カウンタック

「誰??」
 カウンタックは俺達を目指して、目の前で止まった。バケツを叩いているような12気筒の不協和音のアイドルを続けていた。

 エンジンが止まるとガルウイングが上がり、レイバンのサングラス、パンチパーマ、知らないブランドのサーマースーツ姿、顔は漁師のおっさん。そんな男が降りたった。背は低い。

 「社長のタナカです。何時も吉川が御世話になっています」深々と頭を下げる。俺と高木も慌てて頭を下げる。
「では、車を車庫に入れてから船を出しますので、失礼します」と言うと、プレジデント・タナカは、またガルウイングの中に収まり。タイヤを鳴らしながら、右に見える車庫へ向かった。
 さすが、吉川さんの社長だ。とても堅気には見えない。
 
 車を置いて歩いてきた吉川さんに向かって、高木が驚いた顔をして言う。
「吉川さん、社長の車、凄いですね、でも顔が怖いすっ」
「そうねぇ、この会社は血縁関係で成り立っているから、利益独り占めなんだよ」と吉川さんが笑う。しかし、吉川さんも茶色の開襟シャツの下に自転車の鍵のような金のチェーンのネックレスを光らせている。だから説得力には欠ける。

クルーザー  
 「イケさん、今日の船は、日本に2艘しかないクルーザー。500馬力のエンジンを二つ積んでいる。時速80キロはでるよ。それで、もう1艘は関西のY口組が持っているって社長は自慢している」とさらに凄いことを吉川さんは言う。

 高木が何か思い出したのか、急にキョロキョロし、俺に訊いてきた。
「イケさん、相田が綺麗どころを連れてくるって言っていたけど、見ました?」
「綺麗どころ、本当か? 相田だぞ、期待してないぞ俺は」
「そうですよね」
「あれ、もう来ているみたいだぞ」俺はふ頭の先を指さす。
  
 そこには大きなクルーザーが碇泊しており。その横でデブの相田と女の子が二人いた。
一人は赤いミニスカート、もう一人は白いショートパンツ、二人ともTシャツ姿だ。恐らく下に水着を着ているのだろう。
こちらに手を振っている。相田は腹が揺れている。女の子は胸が揺れている。

 「相田さんでも、クルーザーで大島に行くと言えば、女を誘えるのか」
吉川さんが感心してうなずいていた。
朝とはいえ梅雨明け、ふ頭の日差しは強い。俺はサングラスをかけた。
  
 20mほど歩き、船を近くで見る。結構でかい。ジェットスキーも1台積んである。スキューバ用のボンベも積み込んでいる。これは楽しめそうだ。
 高木が相田に話しかけていた。
「相田さん、こんなに可愛い友達がいたんだ、さすがですね」
「まあな」相田の鼻の穴が広がった。
女の子達が義理で笑っている。改めて女の子の顔を見る。
(え? 何であいつがいるの?)
俺は女の子の一人、ミニスカートの方を見つめていた。
ヨウコは俺に気づいたようだ。
「久しぶり、元気だった」
 ****

大黒ふ頭

****
大島へ
 大型船舶の航行が多い浦賀水道を抜けると、景色が開放されて気分が乗ってきた。今年初めての夏日だ。朝から太陽は容赦なく照りつけていた。それにしても頬に当たる波しぶきが気持ちいい。仕事の疲れが抜けていく。

 さて、今回のクルーは船長がプレジデント・タナカ、その弟と船長の息子。弟もパンチパーマだが、プレジデントと違って、ちょっと目つきが悪い、タチがわるそうだった。操舵は息子が握っている。このジュニアはパンチ族ではない。サラサラヘアーで日焼けした肌、爽やかな若者だった。
   
 外洋にでると波が高くなった。船はばんばんと船腹を叩いて加速していった。高木は海パン一丁で、デッキに寝ている。この陽射しだ。今晩は大変な目にあうだろう。それを見ていた吉川さんも、開襟シャツを脱いだ。金のネックレスがキラリと光る。
 「イケさん、高木さんは根性焼ですね。俺も根性焼をやるぞ」と吉川さんは言い、高木の横に寝転んだ。
根性焼の意味が違うけど俺は黙っていた。
   
 「ねぇ、あの二人、大丈夫」いつの間にか、ヨウコが横にいた。少し伸びた髪をポーニーテールにまとめている。前髪にオークレーのスポーツグラスを刺していた。
「今夜は痛くて寝られないと思うけど」
「そうだね」そう言うとヨウコは笑顔を作った。
「ところで、友達は?」
「船酔いみたい、中で横になっている。相田さんが介抱している」
「そうなの」まあいいか。さて、そんなことは別として俺は疑問を口にした。

 「それより、どうして此処にいるの?」
「それは、こちらも同じ、何故アナタが此処にいるの?」
「俺は仕事の関係でだ」
「ふーん、そうなんだ。そう言えば鵠沼で会ってから2年前ぶりだね」
「だな、で、どうしてここへ?」
「私は船酔いしている温子に誘われてここにいるの、温子とは派遣仲間で、彼女が言うにはクルージングへ行きたいけど、誘ってくれた人が今一気持ち悪いのでと・・、何笑ってんの?」
俺は相田の揺れる腹を思い出し笑ってしまった。
「悪い、悪い、了解。それで、つき合ったのか」
「そうよ、悪い」
「いや悪く無い、君は何時も正しい、でもさぁ、お前、結婚したんだろう、こんな所へ来ても大丈夫なのか?」
ヨウコは魅力的なアーモンドアイを丸くすると、その問いには答えず。船首へ向かって歩きだした。

 「ねえ、見て」
視線の先には、船に驚いて海上すれすれを飛ぶ魚が沢山いた。
「トビウオだよ」
雲一つない青空の下、濃いブルーの海、その上をトビウオが乱舞する。
結婚とかそんな事はどうでもいいかぁ。久しぶりに見るヨウコだ。俺は嬉しかった。
 
 船は、大島の港に入る前、岩場の海岸から500mくらい離れた所に碇泊した。タナカジュニアがジェットスキーを船から降ろしている。
俺はデッキから海に飛び込み、目の前の海岸まで泳ぎだした。

 海に入ると意外と潮流があり、海岸まで結構必死に泳いだ。海岸の岩場に取りつくと俺は船に手を振った。ヨウコも手を振っている。高木も手を振っている。そして高木は海に飛び込んだ。
「あっ、馬鹿!」

 飛び込んだ馬鹿は、海岸目指しているのだが、高木の泳力では無謀だ。どんどん沖へ流されていった。やっと気づいたらしく、必死に船に戻り始めた。どんどん流されていく高木。黒潮に乗って高知までいくしかない。
「可哀想になぁ」と思っていたら、ジュニアのジェットスキーが高木を目指して水しぶきをたてた。
  
 港に停泊すると、タナカ一族が、市場へ直行して、ヒラマサとでかいアカイカを調達してきた。それでマリネやちらし寿司を作る。彼らの手際の良さとパンチパーマから、きっと彼らは磯釣りマンだろう。後で確認するとやはりそうだった。

 俺達はタナカ一族が料理する間、防波堤でサビキ釣りをした。小さなサッパやアジが釣れた。
「高木さん、真っ赤だよ」と言い、吉川さんが高木の肩を叩いた。
「うぎゃー」高木が叫ぶ。
「高木さん、俺の根性焼もすごいでしょう」と吉川さんが真っ赤な上半身を高木に見せていた。
相田は、船酔いを介抱した結果、温子ちゃんと仲良く釣りをしている。
 
 そうやって釣りをして時間を過ごしていたら、夕暮れ時に、港に大きいヨットが入港してきた。隣に座っていたヨウコが立ち上がり手を額にかざしてヨットを見つめた。

 日に焼けた白人の男とその横に日本人だと思われる女がいた。後ろデッキにさらに男が二人いる。
高木と吉川さんが手を振ると、その二人が手を振った。それを見てヨウコが言う。
「26フィートはある。クルーザーかぁ、羨ましい」
「詳しいな、そうか海育ちか」俺が言うとヨウコは顔を俺に向け、話し続けた。  
 「昔々、一人の女の子がヨットに乗せてもらい海に出ました。陽射しに輝く海を行くのは楽しかった。でも夜はもっと素敵だった。
 聞こえるのは風を切る音だけ、そんな静かな海をヨットは走る。気づくと水平線まで星が輝いている。360度の星の海の中を進むヨット。それはまるで宇宙船」
「それ小説の引用?」
「私の、高校の卒業文集からの引用」そう言うと少し悲しそうに笑った。
きっと何かあったのだろう。でもそれを訊くのは無粋だ。
俺は黙って空を見上げる。
夕焼け空に一番星が輝いていた。
「ねぇ、ここはどうしてって、訊く所だよ」
「そうだな」
「いいよ、終わったこと」そう言うとヨウコも空を見上げた。

トゥルー・スピリット
Netflix オリジナル、海はいいねぇとなる。
夜の星空の海はいい。
True Spirit | Official Trailer | Netflix


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