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感染症と西洋音楽。【音学note】

こんにちは、ライターの青竹です。
日々刻々と私たちを取り巻く環境は変化し、何が正しいか、自分の価値観にすら懐疑心を抱いてしまいます。冷静に自己を見つめることが必要な時間ですね。
今、世界を揺るがせている「感染症」。
音楽との関係はどのようなものだったのでしょうか。
(※この記事はコロナウィルス関連の情報を発信する記事ではありません。)

ハンセン病と13世紀の音楽

まずは感染症の歴史を大まかに見てみます。

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(感染症の歴史。画像引用:ニッセイ基礎研究所HP)

これを見るとほぼ毎世紀、大きな感染症が起こっているのが分かります。
13世紀は音楽史で見ると中世西洋音楽と呼ばれる時代。フランスでは12世紀末から13世紀にかけてノートルダム大聖堂が完成し、ノートルダム楽派と呼ばれた作曲家たちが活躍していました。

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(ノートルダム大聖堂。画像引用:Wikipedia)

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(ノートルダム楽派の作曲家レオナン(レオニヌス)。12世紀末に活躍。画像引用:Wikipedia)

このノートルダム楽派は「ポリフォニー音楽(複数の独立したパートから成る音楽。多声部の音楽。)」を発展させ、それまでの音楽界に革新をもたらしました。しかし、当時の西洋音楽はあくまでも教会の為の音楽、「キリスト教」のための音楽でした。まだまだ多くの作品が「教会音楽」の枠組みの中に納まっていた時代です。
そんな中流行したハンセン病。当時ハンセン病の救済活動を展開していたのがやはり「キリスト教」でした。新約聖書を手本にした「救らい事業」が行われ、13世紀にはフランスだけで1500から2000もの救済施設や救済コミュニティが存在していました。しかしその実態は多くの差別が行われており、教会の中で生きたまま「死のミサ(現世で一度死に、現世の外の存在となり隔離されるための儀式)」が行われていたと言います。
当時、音楽、人の生死が、いかに「」と大きな繋がりを持っていたことが分かります。

ペスト

「ペスト」はもしかしたら私たちがもっともよく名前を聞く感染症かもしれません。フランスの作家のアルベール・カミュ(1913-1960)が書いた「不条理」哲学の文学作品、「ペスト」の題材としても有名です。中世ヨーロッパで猛威を奮ったペストを、不条理が人間を襲う例と考え、カミュ自身が生まれ育ったアルジェリアを舞台に置き換えて書かれました。作品の出版は1947年ですが、現代の状況と重なる部分も多くあり驚かされます。
ご興味のある方は、坂口孝則氏が書いたこのコラムを読んでみることをお勧めします。

「新型コロナの予言に満ちた小説『ペスト』が示す感染症の終わり」坂口孝則

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(1656年に描かれたローマの医師。ヨーロッパにおける17世紀のペストの大流行の際、医師はこのような衣服を着用し感染を防ごうとした。画像引用:NATIONALGEOGRAPHIC)

実はクラシックにもこの「ペスト」を題材にした作品があります。それがロシアの作曲家、ソフィア・アスガトヴナ・グバイドゥーリナ(1931- )が作曲した《ペスト流行時の酒宴》と言う作品。これはアレクサンドル・プーシキン(1799-1837)の同名の戯曲を題材にして書かれています。
彼女は民族楽器を用いたり、シンセサイザーに興味を示し電子音楽を作曲するなど、音楽に新たな可能性を持ち込んだ現代作曲家。この《ペスト流行時の酒宴》にも電子音楽が積極的に使われています。

14世紀にヨーロッパを恐怖で包み込んだ「ペスト」は、社会構造も大きく変えることとなります。それまで絶大な権力を持っていたローマ教皇でしたが、ペストに対しては成すすべがありませんでした。宗教儀式も祈りも病魔に対しては効果を出さず、挙句の果てに感染を恐れた聖職者たちが逃げ出す始末。
その結果生まれた新たな文化が「ルネサンス」文化でした。教会支配の世界から脱却し、人間の開放と共に文化の変革運動が起こり、沢山の素晴らしい芸術が生み出されていくこととなります。

梅毒〜シューベルトを筆頭に〜

洒落たフランス料理名の様な小見出しをつけてしまいました。この「梅毒」と言われる感染症は最も多くの音楽家を悩ませ、死にいたらしめた病気と言えるでしょう。
そもそも「梅毒」とはいわゆる性感染症というもの。15世紀末に突如として歴史上に現れ、その由来については色々な説があります。

日本語の「梅毒」の語源は、感染すると楊梅(ヤマモモ)に似た瘡が出来ることから「楊梅瘡」と呼ばれていたものが転じた、という説があるそうです。日本でも戦国時代に加藤清正や前田利家が罹患し、亡くなったと言われています。
そんな梅毒はある偉大な音楽家のもとに忍び寄ります。それがピアノ五重奏曲「鱒」や歌曲「魔王」、「アヴェ・マリア(エレンの歌第3番)」などでおなじみ、フランツ・ペーター・シューベルト(1797-1828)でした。

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(シューベルト。画像引用:Wikipedia)

今でこそ彼の死因が梅毒だったとほぼ確実にわかっていますが、どうやら彼が死んでからしばらくはその死因がはっきりしなかったようです。それは当時の時代背景として「性病」と診断することはタブーであったためと言われています。彼の死後、死因について科学的な解明に携わった医学者もごくわずかしかいません。
しかし現在では研究の結果、彼が1818年にゼレチュ(現在のスロヴァキア共和国)にあるエステルハーチー伯爵の別荘に滞在していた際、小間使いと関係し罹患したと言われています。
何度か良くなったり悪くなったりを繰り返したシューベルトでしたが、死の一週間前、1828年11月12日付で友人に宛てられた手紙にこう書かれています。

「ショーバー君!ぼくは病気だ。すでに11日間も何も食わず何も飲まずに、疲れてふらふらしながら、ベットとソファーの間を行ったり来たりしている。[・・]何か口に入れても、またすぐに吐き出してしまう」。

その後1828年11月19日、シューベルトは死去。死因は神経熱と書かれていました。

シューベルトの他にも多くの作曲家がこの病で死に至ったと言われています。ロベルト・シューマン(1810-1856)、ベドルジハ・スメタナ(1824-1884)、スコット・ジョプリン(1867年か1868年- 1917年)...。
特にシューマンは晩年重い精神障害も患っており、その死に際は悲惨なものでした。しかし子供も8人もいたシューマン、妻であるクララに「梅毒」の症状が見られないのはなぜなんでしょうか?科学的研究に意見する訳ではありませんが、なんだかまだ謎がありそうな気がしますね...。怖い怖い。

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(シューマン。ピアノ曲《子供の情景》や多くの歌曲が有名。画像引用:Wikipedia)

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(スメタナ。連作交響詩《わが祖国》より「モルダウ」などが有名。画像引用:Wikipedia)

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(スコット・ジョプリン。ラグタイムと呼ばれる音楽ジャンルで多くの作品を残した。ジ・エンターティナーなどの曲が有名。画像引用:Wikipedia)

結核とショパン

結核菌という細菌に感染することで起こる「結核」。紀元前 5000 年頃の人骨や、紀元前 1000 年頃のエジプトのミイラからも結核の痕跡が認められています。中国三国時代の魏の曹操も死因は結核だといわれています。

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(曹操。「三国志演義」では悪役として有名。画像出典:Wikipedia)

クラシック音楽と「結核」の組み合わせで思い浮かぶのはピアノの詩人フレデリック・ショパン(1810-1849)でしょう。

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(ショパン。画像出典:Wikipedia)

彼の死因については「結核説」や「嚢胞(のうほう)性繊維症」にかかっていたのでは等の説がありますが、それでも彼が長い間結核に苦しんでいたことは紛れもない事実です。彼の病状とその周りを取り囲む社会状況を調べると、この結核が当時いかに恐れられていたかが分かります。
1838年、ショパンは女流作家の恋人ジュルジュ・サンドと共にスペインのマヨルカ島へ旅をします。これは彼の悪化する病気の療養のためのものでした。しかし、マヨルカ島での厳しい冬と、良いとは言えなかった住居の状態でショパンの病状は悪化してしまいます。更には伝染病にかかっているという噂が島に広がったため、彼らは滞在していた家を出て、その家の消毒代まで払わなくてはいけませんでした。

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これは1829年にポーランドの肖像画家のアンブロツィ・ミエロシェフスキが描いたショパンの肖像画です。後にフランスの音楽学者・ショパンの伝記作家のエドゥアール・ガンシュはこの肖像画を見てこう記しています。

「(この肖像画からは)この若者が結核に罹っていることがわかる。彼の肌は極端に白く、喉頭隆起が見られ、頬は落ち窪んでいる。また耳も結核に典型的な消耗を呈している」。

ショパンの妹のエミリアも14歳で結核で亡くなっており、父も1844年に同じ病に倒れました。

まとめ

今回は感染症と西洋音楽と題して、ざっとですが関りをまとめてみました。歴史的に何度も起こってきた感染症。沢山の作曲家や芸術家、文化人の命も奪われてきました。
今、自分が出来ることに粛々と取り組む。そしてこれ以上人々の命が奪われないことを願っています。

ライター青竹(Twitter BWV_1080)

参考文献
・「シューベルトのほんとうの死因は?」-シューベルトの死の真相に迫る-
https://schubertiade.jp/lecture2/death.htm
・ハンセン病 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%B3%E7%97%85
・結核とは  厚生労働省戸山研究庁舎  https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/398-tuberculosis-intro.html
・ペスト https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%82%B9%E3%83%88
・梅毒の歴史 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%85%E6%AF%92%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2
・『ショパン 孤高の創造者』 ジム・サムスン著 大久保賢訳
・ゼレチュのシューベルト https://schubertiade.jp/schubert0/030129.htm
・ソフィア・グバイドゥーリナ https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%90%E3%82%A4%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%8A

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