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最初の就職先

無謀な志願をして玉砕を繰り返したあと、
私が入社したのは、食品製造会社。

自社製品もあったけれど、大手の下請けもやっていた、今ではほとんど見られない合資会社。

入社面接のとき、学校からの内申書を見た社長の
こりゃまた出来の悪いのが来たなぁ」と
言う言葉は、忘れられない。w

それでも、そこへ入社できた私は、
化学科出身ということで、
大卒の人しかいない、
「品質管理」のお手伝いをしていました。

が、
年も変わり、人の入れ替わりもあって、
わたしは、繁忙状態と社員の出勤状態に合わせて、
配置部署を転々と変わる「何でも要員」になりました。

総務、営業補助、工場内各部署、販売出店先と、
ほぼすべての部署を回されたおかげで、
何でもできるようになりました。

ただ、任されすぎてワンオペになることが結構あり、大事故にこそならなかったものの、
危険な目には、なんどかあったりもしました。

(一番は、粉砕機にパンを放り込んでいたときに、機械に髪を引き込まれ巻き込まれそうになった。。とか、ね)(^o^;

会社の業務の内容は、
小麦製品を中心に多角化したようで、

パンからパン粉、生パン粉。
パンも学校給食のパンから、
店舗製造直販売の菓子パン、調理パン。
お昼や夕方に出向く校内、構内販売用も。
そういえば、殺鼠剤ベースになる製品までありました。

冬は中華まんから、クリスマスケーキまで。

小麦も
小麦焙煎の麦茶も製造していて、
更にそれも小麦にとどまらず、大麦、ハトムギまで、網羅した、ミックス麦茶焙煎。

麦茶をやってるなら、お茶もでしょ?
という意見もあったのか、緑茶や烏龍茶も
ティーパック包装して製品にしていました。

その他は、
エクストリューダーという、圧縮機械をつかった、ペレット様の製品もつくっていて、
それは、同じような機械を使う春雨から発展したみたいでした。

某食品大手数社の下請けと、自社製品とで、
当時はそれなりに、繁盛していた会社でした。

ですが、入社4年目に入った年。

体を使うのはいいけれど、さすがにこの工程は、どう考えても基礎体力ある人じゃないと無理でしょう?という、室温40度湿度100%はあったんじゃないかという環境のラインに入ることになり、身体を壊しました。

頭痛と吐き気、火照ったからだで座り込んで身動きできない。
(これは、今でも続く偏頭痛のはじまりになったようです。)

さすがに私も、これをつづけるのは無理と、
転職を考えるようになり、行動を起こしたのでした。

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