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小説『天使さまと呼ばないで』 第64話


ユミコさんのブラウス作りは、平日に少しずつ進めていき、土曜日の夜には完成させることができた。

人のために何かを作るのは久しぶりで、そのうえ『幸福になれそうだから』ではなく、『素敵なブラウスだから』と純粋に物の良さを認められたのは初めてだったから、ついはりきってしまい制作はすぐに終わった。


日曜日の朝に、完成したことと明日職場に持っていくことをユミコさんにメールで伝えると、ユミコさんはいくら払えば良いか尋ねてきた。

ミカは悩んでしまった。

純粋な原価で言うと2千円未満だ。当然、人件費は入っていない。

ネットで調べると、3、4倍程の金額が一般的らしいが、高い金額をつけることは怖かった。

(ここで調子に乗ったら、また前みたいに平気でお金を取るような人間になるかもしれない・・・)


考えたすえ、ユミコさんには原価のままの『2千円です』と答えておいた。



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翌日の仕事終わりに、ユミコさんにブラウスを渡すと、ユミコさんは早速試着して、とても喜んでくれた。

「うわぁ〜やっぱり素敵だわぁ」

そう言って身だしなみチェック用の鏡でポーズをとっている。


「ミカちゃん、本当にありがとう。これお代ね。

それからこれはちょっとしたお礼」

そう言ってユミコさんは可愛い犬の絵柄のついたポチ袋と、洋菓子店の紙袋を渡してくれた。

「うわぁ、ありがとうございます!」

紙袋の中身はチョコクッキーだった。


ミカがポチ袋の中身を確認すると、中には五千円札が1枚入っていた。

「えっ!?ユミコさん・・・」

「少な過ぎてごめんね」

「いえいえ!これじゃ多過ぎます!」

「うーん、ミカちゃんが言ってた金額って多分材料費だけだったんじゃない?それじゃあミカちゃんの労力にお金を払えないことになっちゃうからね」

「いえいえ、いつもお世話になってますし、このくらい・・・」

「いいのいいの!本当に素敵なブラウスだから、このぐらいは払わせてちょうだい」

「でも・・・」

「安過ぎると神様からバチが当たりそうだしね」

そう言ってユミコさんは笑った。

「ありがとうございます・・・」

「いえいえ、こちらこそ本当にありがとう。

それにしてもミカちゃん本当に才能あるから、作ったお洋服売ってみてもいいんじゃない?」

「いやいや、私なんてたいしたことないですよ〜」

「でも最近、インターネットでこういう手作りのものを売るの、流行ってるって聞くわよ〜。ミカちゃんも一度やってみたら?」

「うーん、自信ないんですけど、気が向いたらやってみようかな」

「いいじゃない!また素敵なお洋服作ったら見せてね。楽しみにしてるわ」

そう言ってユミコさんは帰って行った。



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帰り道にミカは、初めてハンカチが売れた時のエリの言葉を思い出した。


ミカさんは本当に素敵な方です。
ミカさんはもっとたくさん受け取る価値がある方です。だから、今回はこの金額でハンカチを買わせてください


エリは、ミカという人間に対して支払う価値があると言っていたが、ユミコさんはブラウスに対して払う価値があると言っていた。


もし、ミカのハンカチを他の人が作っていたら、エリはその金額を払ってはいなかっただろう。

逆に、ミカのブラウスは他の人が作っていたとしても、ユミコさんは買っていただろう。


この違いは、とても大きなものの気がした。


思わぬ臨時収入と、自分の作った物の価値を認められたことが嬉しくて、軽い足取りで進んでいると、頭に水滴が落ちたような気がした。

見上げると、どうやら雨が降り出したらしい。しかもこれからひどくなりそうだ。


ミカは大慌てで近くのコンビニに駆けて行った。

コンビニでビニール傘を買うと、レジの横に募金箱があった。

(今日は臨時収入があったし・・・)

ミカはそこに500円玉を入れる。

(そういえば、ユウコさんがスターブックス・コーヒーでくれたのも、500円玉だったな)

なんだか、少し気持ちが明るくなった。


コンビニから出ようとすると、ドアの前にベビーカーを持った女性が近づいてきていた。

ミカは女性のために、ドアを開けて立った。

「すみません、ありがとうございます」

女性がお礼を言う。

「いえいえ、どういたしまして」

ミカはそう言ってにっこり笑った。


ミカはレイカの言葉を思い出した。

そうして、これからはどうすれば人の役に立てるかを考えていきなさい


役に立つって、こういうことなのかもしれない。

こうした、ちょっとした優しさを、できる範囲で誰かに与えることなのかもしれない。



ミカの胸はなんだか明るい光でいっぱいになった。



買ったばかりのビニール傘を広げ、コンビニから出ようとすると、少し視線を感じたような気がした。

辺りを見回すと、コンビニの前の道路の向こう側から、ずぶ濡れになった女性がじっとこちらを見ていることに気がついた。




「ミカさん・・・見つけましたよ・・・」


そう言って、半笑いになりながら女性はミカに近づいてきた。




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第65話につづく


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