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「たそがれは」 01

  たそがれは雲のはたてに物ぞ思ふ
  異郷に君の戦ひいます

  便(たより)あらぬ幾月すぎて我が思ひ
  きはまりにけり此のあした夕べ

※ ※ ※ ※ ※

平井保喜(康三郎)が
昭和十八年に発表した
野村玉枝の歌による
聖戦歌曲集《雪華》の第六曲。

歌集『雪華』では
第27首と第28首が
ここで歌われることになる。


出征した夫から、
最前線での戦闘参加直前までは
立て続けに手紙が届きながら、
その後の連絡が途絶えるというのは、
国許に残っている妻にとっては
どのような思いになるのだろうか。

生まれてこのかた
リアルな戦争というものを
経験したことのない私である。

近所の見知った人達の
出征姿も見た事がなければ、
帰還兵達の凱旋行進も
また
白木の箱に入り
仲間の兵士に抱えられて
還ってくる軍神の姿も
一度として見たことはない。

そうした人々を迎える
銃後の妻たち、母親たちが
何を思い、何を考え、
どのようにして
出征した夫の留守を
過ごしていたのか・・・

平和な時代に生きている私には、
どれだけ想像を逞しくしようとも、
とてものこと
推し量れるものではない。

ただ、
当時の人々の
書き残した手記などから
断片的に窺い知るのみである。


第五信
『十月二十九日午前。

 十月二十一日ウースンニ上陸、
 二十四日第一線ニ加入以来
 今日マデ達者ニ暮シテヰマス。

 気候ハ昼ハ内地ノ八月下旬頃、
 夜ハ十二月上旬頃ノ気候デスガ
 此處二三日ハ少々暖カウゴザイマス。

 戦闘モ進捗シテ
 蘇州河ノ近クニ来テヰマス。

 現在居ルノハ、横濱トイフ部隊デス。

 二万五千分ノ一ノ地図デナイト
 出テヰマセンガ、
 大場鎮、南翔ノ中間地区ヲ攻撃シタノデス。

 一先ヅ戦闘モ峠ヲ越シマシタ。

 地勢モ内地ト殆ンド変ルコトハアリマセンガ、
 竹藪ガ多イノデス。

 家ノ方デハ皆達者デスカ。
 御両親様モオ達者デスカ。
 輝美ハドウシテヰマスカ。
 皆様ニ宜敷』

(野村玉枝『雪華』より。原文ママ)

(続)


注訳:
ウースン(呉淞)
上海市北部に位置し長江に面した市轄区。現在は宝山区に編入。
呉淞から大場鎮にかけては、第二次上海事変における激戦地のひとつ。

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