【創作】押すなよ押すなよ
「チョコレート嫌いなんだよな。甘ったるくて全然美味しくない」
休み時間、いつものように男子たちが教室の後方でとりとめのない話をしている。私は自分の席に座り興味のないフリをしながら耳を傾けていたのだが、聞こえてきたその声に耳を疑った。声の主は間違いなく寺島君だった。
「じゃあ、もしバレンタインにチョコをもらっても受け取るなよ」
「当たり前だろ!絶対に受け取らねえよ!」
寺島君の言葉を聞いた男子の一人が教室中に聞こえるように茶化す。
「女子の皆さん!明日のバレンタインは寺島にチョコを渡しても無駄だから渡さないように!」
至るところで笑い声が起こる中、寺島君も大きな声を出した。
「絶対に俺にチョコを渡すなよ!絶対だぞ!」
私はその言葉に思わず寺島君の方を振り向いた。
その瞬間寺島君と目が合った。すぐに目線を外して前を向いた。
寺島君が、チョコを、受け取らない。
この事実は私を大いに落胆させた。
私は寺島君が好きだった。
たまたま席替えで隣りになり、たまたま同じ清掃委員になった。
ぶっきらぼうに見える寺島君が実は細かなところまで目を配れる綺麗好きなこととか、板書が終わらないまま黒板を消されてしまい困ってる私にそっと自分のノートを見せてくれる優しいこととか、寺島君の良さに気付いてからどんどんと好きになっていった。
自惚れかもしれないが、寺島君は私を嫌いじゃない気がしていた。いいやむしろ好意を寄せてくれているとさえ思っていた。
だから明日のバレンタインは寺島君に告白しようと思ってチョコを準備していたのだった。それなのにチョコを渡すなよ宣言をされてしまっては、たとえ告白したとしても玉砕するのは明白だった。私はバレンタインに告白するのを諦めることにした。
バレンタイン当日、準備していたチョコを家に置いたまま私は登校した。なんとなく朝から寺島君はソワソワして落ち着きがない様子だった。なぜか私の方をチラチラと見ているような気がした。不思議に思ったが気にしないようにした。告白が出来ないのなら、バレンタインという今日を一刻も早く終わらせたかった。
そんな寺島君から放課後に声をかけられた。
「お前はさ、俺に話したい事ないの?その…渡したい物とか」
少し顔を赤らめて話す寺島君はまるでチョコレートを催促しているように見えた。昨日は”絶対に渡すな”と言っていたくせにその態度の変わりように私は戸惑った。
「え?チョコレート嫌いって言ってなかった?絶対に渡すなって言ってたよね?」
私の問いに寺島君が困った顔で答える。
「いや嫌いって言ったけど、それは何ていうか好きの裏返しみたいなもんで。ほら押すなよ押すなよってあるだろ?」
押すなよ押すなよ?何を言っているか分からない。
「えーとお前さ、ダチョウ倶楽部って知ってる?」
「だちょうクラブ?何それ?ダチョウ好きが集まる会合みたいなの?」
「いやダチョウ好きが集まってダチョウについて語ったりするクラブ活動じゃなくて、うーんと芸人さんなんだけど…そうか、知らないのか。じゃあまあいいや」
寺島君は私を納得させるのを諦めたのかうなだれた様子で教室を出て行ってしまった。一人残された教室で私はスマートホンを取り出し【ダチョウクラブ】と検索してみる。
検索上位に出てきた”ダチョウ倶楽部”のWikipediaをタップして、スクロールする。ある場所でピタリと指が止まった。
コレだ。
寺島君が何を言いたかったか全て理解した。私は教室を飛び出して寺島君を追いかけながら叫んだ。
「チョコを渡せってことなんて聞いてないよォ!」
おしまい
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