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【Hello,Again】

年の瀬になるとTVから懐かしい曲が聴こえてくる。
スマホを触りながら何気なく聴き流しているとある曲にふと手が止まる。

"記憶の中で ずっと二人は 生きて行ける"
君の声が 今も胸に響くよ それは愛が彷徨う影
君は少し泣いた? あの時見えなかった

My Little LoverのHello,Again。僕が高校生の頃よく聴いた曲だ。
曲を聴きながらある人を想い出して、胸の奥の方がほんの少しだけチクリと痛むのが分かった。
あれから20年以上経った今でも記憶の片隅に残っていた好きだったあの人。

あの時、君は泣いていたのかな。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


高校3年生の1学期が終わる頃、僕はアルバイトを始めた。
駅近くの小さな喫茶店だった。
ウエイターが着ていた蝶ネクタイと白と黒のチェッカー柄のベストがやけにカッコよく見えて、その姿なら僕もモテるんじゃないかという不純な動機で応募した。
人手不足もあったせいかすぐに採用され、早速次の日から働き始めた。


そこでアキちゃんに出会った。


アキちゃんは別の高校に通う僕と同じ年の子だった。
綺麗なセミロングの黒髪が似合う少し大人びた子で初めて見た時は僕よりも年上だと思った。

アキちゃんは僕よりも半年くらい前からそのお店でバイトをしていた。
とても仕事が出来る子で僕にもいろいろと教えてくれた。

「分からないことがあれば何でも聞いてね」「分かりました」

大人びて仕事が出来るアキちゃんをとても同じ歳とは思えず、ずっと敬語で接していた。
バイトを始めて2ヵ月ほど経った頃、アキちゃんからふいに「同じ歳だから敬語はやめようよ」と言われた。

「いやでも先輩ですし…」と躊躇する僕に「敬語の方が気を使うから(笑)」とアキちゃんは笑ってくれた。

その日をきっかけに僕らは仲良くなっていった。
学校のこと、好きな音楽のこと、趣味のこと。
たくさん話をして、たくさん笑った。

アキちゃんからMy Little LoverのCDを借りる頃には自分の気持ちに気付いていた。
アキちゃんが好きだった。
だけど臆病な僕はアキちゃんに告白なんて出来なかった。
今のままで良いんだと言い聞かせて自分の気持ちを押し殺していた。


そんな時だった。
アルバイトのみんなでカラオケに行くことがあった。
僕とそしてアキちゃんも参加していた。

それぞれが順に好きな歌を唄っていきアキちゃんの番になった。
内心楽しみにしていた僕は周りに悟られないようにコッソリと注目していた。

アキちゃんが唄った曲はHello,Againだった。

いつも 君と 待ち続けた 季節は
何も言わず 通り過ぎた

唄い出しから僕はアキちゃんの歌声に引き込まれた。
心臓の音が聞こえるくらい胸がドキドキしていた。
気を抜くと涙が出そうなくらい素敵な歌声だった。
この時間が永遠に続いて欲しいと思っていた。

僕はやっぱりアキちゃんが大好きだ。
その日から僕はそう強く思うようなった。


あれはあと幾日かでクリスマスという寒い夜だった。
バイト終わりに僕はアキちゃんに自分の気持ちを伝えた。

「好きです。良かったらクリスマスを僕と一緒に過ごしませんか。…恋人として」


口から心臓が飛び出るかと思うくらい緊張した。
時間にするとほんの数秒の沈黙だったけど、僕には永遠の長さに感じられた。
白い息をふうと吐いたアキちゃんが口を開いた。


「よろしくお願いします」


泣きそうなくらい嬉しかった。
本当は照れてるアキちゃんを抱きしめたかったけど我慢した。

12月24日は二人で過ごした。
クリスマスプレゼントにオルゴールをプレゼントした。
曲はHello,Againを選んだ。
二人の特別な曲だから、そう言って彼女に渡した。
あの時唄って良かった、そう言って喜んでくれた。

アキちゃんからはマフラーをもらった。
手編みじゃなくてごめんね、そう言って彼女は謝っていた。
僕はマフラーはすぐに巻いて、すごく暖かいよと伝えた。

幸せだった。
僕の隣でアキちゃんは笑っている。
それだけで、いやそれこそがあの頃の僕の全てだった。
Hello,Againは別れの曲だけど、僕らはずっと一緒だと思っていた。
この幸せが一生続けば良いと思っていた。


高校を卒業して僕は大学に進学した。
アキちゃんは就職をして会社の寮に入ることになった。
寮と言っても電車で30分ほどの場所で心配なんて何もないと思っていた。

アキちゃんの仕事や僕のバイトだったりでお互い忙しくなって、これまでより会える日は少なくなった。
だけどその分会えた時の時間を大切した。
僕の気持ちは全く変わらなかったし、アキちゃんも同じだと思っていた。


異変を感じたのが5月の僕の誕生日だった。
アキちゃんから財布をプレゼントしてもらった。

「ありがとう!大事に使うね!」


そう喜んでみせたけど、僕は嬉しさよりも不安を感じた。
僕がもらった財布は高級ブランドの物で、ブランドに疎い僕でも数万円はすることを知っていた。

学生の僕には絶対に買えない物だった。
アキちゃんだってきっと無理して買ってくれたに違いなかった。
でも僕は素直に喜べなかった。
社会人のアキちゃんに比べて学生の自分が惨めに感じてしまった。
アキちゃんはそんなこと思ってもいないのに、ちっぽけでバカなプライドが僕の気持ちを暗くさせた。

それから少しずつ歯車がズレ始めた。
会う回数も減っていき、会ってもアキちゃんからは仕事の愚痴が多くなった。
子供だった僕はそれに上手く応えることができなかった。

記憶の中のアキちゃんは笑っているけど、目の前のアキちゃんは暗い顔をしていた。
こんなはずじゃなかったのに、そう思えば思うほど何も言えなくなっていった。


少し肌寒くなり始めた10月の終わりごろだった。
アキちゃんから「話がある」と言われた。
待ち合わせの駅まで向かっている途中、僕は電車に揺られながら何となく終わりを感じていた。

「他に好きな人ができた。ごめん」


駅のホームで俯きながらアキちゃんはそう言った。
その覚悟をしていたはずだったのに上手く言葉が出なかった。
僕こそごめん、もっと大人になるから、もうやり直せないのかな、またあの歌を唄ってよ…伝えたい事はたくさんあるのに何一つ伝えられなかった。

「分かった。今までありがとう」


絞り出すようにそれだけ言って改札口に引き返した。
改札をくぐる前に一度だけアキちゃんの方を振り返った。
アキちゃんは俯いたままだった。
泣いてるように見えた、けれど泣いていないようにも見えた。


帰りの電車でHello,Againを何度も聴いた。
瞼と閉じると唄っている彼女の姿が浮かぶ

Hello, again a feeling heart
Hello, again my old dear place

僕の記憶の中で彼女は生きているのかな、なんてバカなことを考えたりもした。
電車が駅に到着する。
きっともうアキちゃんと会う事はないだろうな、そう思いながら曲を止めて電車を降りた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「マイラバ懐かしい!好きだったなぁこの曲」

奥さんが鼻歌交じりに口ずさむ。
奥さんの歌を聴きながら記憶を遡る。
胸の中に声が響くのが分かった。


「俺も大好きだったな」


そう呟いて響いた声を胸の奥にそっと仕舞った。




#忘れられない恋物語
#思い出の曲の想い出を語ろう
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