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噛みたい衝動

休み時間
廊下に出ると
先生の腕に他のクラスの男子が
噛みついてぶら下がっていた。

廊下の床に血の雫が
ぽたり、ぽたりと落ちていく様子を見て

「人が人を噛みついて血を出すことあるんだ」

小学一年生になったばかりの
私の心に衝撃と同時に
何だかわからないはじめての気持ちがうまれた。


私は噛む行動が気に入っている。
食べ物を噛む
柔らかいもの固いものを噛む
歯の存在を感じる


そして自分の手を噛む。

身体が痛いとき
親に殴られ
存在自体を否定され続けたとき
私は私を噛んで痛みを紛らわしていた。

心の痛みより
身体の痛みの方がつらくないから。


自分の腕をどんなに強く噛んでも
ゴリっと肉の鈍い感触があるだけで
出血はしない。
パレットで数色の絵の具を洗ったような
薄暗く鈍い青い痣が出現し
私の腕にまだらな色がつくだけ。


「ちょっとだけ噛んでもいい?」


親しくつきあった人たちに言うと


「え?なんで?痛そう」


やんわり断られた。

それでも諦めずに噛ませてくれる人を探し求めた。


「いいよ!どこらへん噛む?」


にこにこ笑顔で


「はい!」


腕や肩を差し出してくれたのは
夫だけだった。


私は仔犬のように
夫に甘噛みをするのが習慣になり
とくに嬉しい時に噛むようになった。


「イタタ!」


たまに強く噛んでも
笑いながら
「痛いよ~!」と言う夫の顔を見ると
嬉しく幸せな気持ちが身体中に広がる。



時々思い出す

先生を噛んだ子はどのくらいの強さで
噛んだのかなぁ、と。

先生は声をあげることなく
噛みついている子を抱きかかえ無言で
何事もなかった、おしまい。と
廊下を去って行ったけれど
赤い血だけがその場所で起こったことを
無言で示していた。



とある漫画のキャラクターは
噛みついて電撃を与えることが
最大級の愛情表現で
それを知ったとき
私も噛むことは愛情表現かもしれないと思った。


夫のことが
可愛くて嬉しすぎて
思わず噛みたくなる。

噛みたい衝動は
私のどこからやってくるのだろう

自分のことなのに
いまだに
さっぱり理解できないでいる。



先日
夜中に夫がめずらしくうなされていた。
真っ暗みの中手探りで

「大丈夫だよ」

優しく夫の頭をなでようと手を伸ばすと


「イタっ!!」

左の親指に痛みが走る。

うなされていた夫の口に親指が入り
強く噛まれた。
触ると噛まれた箇所が急速に腫れ上がっている。
熱とともにじんじん痛みが加速し
血がでたかも!と確認すると
血はでていなかった。
こんなに痛いのに血がでてないなんて!
夜中に一人で驚き笑ってしまった。


「ごめんね、ごめん」


まだ夢の中にいるような口調で
夫が謝るので

「大丈夫ゆっくり寝てね」

今度は間違えず頭をなでると
すぅすぅ寝息をたてて夫は寝てしまった。

その夜
親指の痛みと一緒に過ごした。


噛むことが愛情表現な私だけれど
噛ませてくれる夫の行為も
愛情表現なのだなぁ
その時はじめて気づいた。


私はこの先も噛み続けるのかな
夫はこの先も噛まれ続けるのかな


今日も左の親指はじんわり甘く痛い。



***

最後まで読んでいただき
ありがとうございます。

心から感謝の気持ちを込めて。

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