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古書のこしょこしょ話④ 〜思い出と気づき〜

 期待の新生活が始まった。しかし大学生活に気持ちが昂っていたのは最初の数日だけ。今では行きも帰りも座席を取り合う電車内で眼をこすっている▶︎その日は図書館で資料を読み漁っていた。気付けば21時。閉館を知らせるアナウンスが鳴る。僕は江古田から西武線で池袋に向かう。池袋では埼京線で赤羽に、赤羽で宇都宮線に乗り換える。2号車のクロスシートで、乗り換え時に自販機で買った熱いコーヒーを啜りながら、車窓に目をやる。隣を並列走行するのは湘南新宿ライン。逗子や鎌倉、横浜から渋谷、新宿を走行してくる同線。長距離移動する人が多いせいか、乗客の入れ替わりも他線より少なく、いつも混雑している。今日も、立ったまま目をつぶっている人が多く見られる。そんななか、僕と同じようにクロスシートに座りこちらを眺める女性がいた▶︎タレ目、筋の通った鼻、ぷっくりとした唇。高校時代に同じ文芸部の1学年先輩だったIさんだ。高1の夏、僕は彼女に叱責された。作品の中で文法や漢字などの初歩的なミスを犯した僕に発した"もっと勉強しなさいよ"という言葉は今も心に重くのしかかる。その言葉は僕が文転したきっかけでもあった▶︎今の僕は高校生の頃の自分と変わらない。車窓を介して見る隣の列車に乗る人々が青く見える。大学生、社会人であろう彼らが遠くに見える。でもいざ自分がなってみると、すごいことだと思えない。それは主語が彼らではなく自分だからであろうか。

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