『君の舌を撃ち抜いて神』


 夜中三時まで飲んで騒いで締めにカラオケ行くかって小さな橋を渡ってるときについ気が大きくなって友達のスマホを星のない曇天に放り投げ、生活排水の泡立つ川でふたり水あそびをした。川べりに腰掛け掌サイズの死んだ最新ガジェットを握りしめる友達と暗いだけの夜空を見上げながら、びしょ濡れの箱の中で生き残った選ばれし煙草をふかす。

「あー、あと45か月残ってんだけど」

「お前の寿命?」

「ケータイ代だわ」

 煙草を持った手で肩を殴られる。あぶねぇよ、と笑った。

「馨さぁ、前言ってた女の子どうなったの」

 スマホを奪われた俺たちの暇つぶしに出していい話じゃねぇんだよなぁ。いや俺のスマホは元気にしてるけどさすがに今こいつの目の前で使う気にはならないし、でもその話は消費できるほど熟していなくてまだじゅくじゅくの生傷だ。

「どうなったかねぇ」

「ごまかすなよな、珍しくあんな地味?おとなしい?感じの子と仲良くしてたから続きが気になってたんだよ」

「あいつやっぱつまんなかったわ」

「えー、なにそれつまんねぇの」

「神になっちゃったの、俺」

「なにそれ、つまるんだけど」

 けたけたと友達が笑って、俺は死んだ顔で煙を吐いた。




 成人したら大人になると思ってたけどなにもかも足りなくて、生かされていることへのうっすらとした怒りをうまく掴めないまま毎日が過ぎていた。煙草だって別に吸いたくて吸ってるんじゃない、もしかしたら誰かにため息を見つけてほしかったのかもしれない。はっきり意識していたわけじゃないけど、たしかに寿命を捧げる価値があった。

 友達の知り合いの友達とかだったか、地味で根暗な子だった。話すのがへたくそな俺の言葉をいつまでも待ってくれる、時間の使い方がへたくそな子だった。

 弱いところを認めてほしくなって、俺はどこまでも弱くなった。みじめな自分を認めてくれたら、未熟で醜い魂のまま生きているこの暴力性を許してもらえると思った。

「これは、恋愛感情じゃないと思うんだ」

 最後の質問を、その子はあっさり拒絶した。

 もうなんにも信じるな、誰も助けてはくれない。それは俺が酷く愚かで穢れた存在だからか、みんな自らのためだけに生きるつまらない動物だからか、そんなことも全部どうでもよくなった。

 火を消してしまえば煙を晴らすのは簡単で、俺はあっさり強くなった。転生したらこんな気持ちなのかもな、なんて乾いた笑いが割れた鏡に映っていた。

 半年もしないうち、俺が昔縋っていた子はぼろぼろになって目の前に現れた。なんだかんだと悲しいことが続いたのか、とてつもない辛いことがあったのか、俺からはひとつも聞かなかった。ただ、昔その子がしてくれたようにいつまでも言葉を待った。ぽつぽつと小雨がベニヤ板を打つように話し始めたと思ったら、突然春雷が視界を白く割った。

「もしかして、これが恋愛感情なのかな」

 きっとその子もうっすらとした怒りに触れて、それをかき消してくれる何かを求めていたんだろう。かつて胸が裂けるほどに求めていた存在が、また手元に舞い戻ってきた。

 それを、俺に聞いちゃ駄目だっただろ。

 もしここで「それが恋愛感情だよ」なんて言ったら俺は彼氏じゃなくて神様だ。感情に名前をつけていいのは自分だけだろ。委ねちゃ駄目なところだろ。

 できることなら「それは愛だよ」って言いてぇよ。そうじゃなかったからこうなったんだろ。ふざけんなよ。俺たちの今までは何だったんだよ。こんなのあまりに酷いだろ。全部全部、台無しだ。

「ちげーよ、相変わらず馬鹿だな」

 思い通りになる人形なんかに何の価値がある。動かしてるのが醜い神ならなおさらだ。

 二度と会わなかった。神にされるくらいならこういうことだって許されるだろう。神でいるより他人になった方がずっといい。やめていた煙草を半年ぶりに吸った。最高に美味かった。




「俺、喋るやつ嫌いだったわ」

「馨は無口だもんな」

「つまんねぇ話してる暇あったらなんか食ったり煙草吸ったりしてる方がよほどいいだろ」

「えー、俺は歌いたいなぁ」

 うるせぇ黙ってろへたくそ、と言い捨ててため息を吐いた。吐いた煙が雨も降らさず雷も落とさない真っ暗な曇天に溶けていった。 



















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お久しぶりです、幸村です。

毎朝ポケモンふりかけでおにぎり作って食べてます。元気です。

大好きなマイルドカフェオーレを飲みながらnoteを書こうと思います。