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もしも世界が終わらなかったら

※暗い話です。調子の優れない方はお気をつけください。




 その日、世界は終わるはずだった。

 『人にとっても魔物にとっても強大になりすぎた絶望の力。新たな魔族の王は最も冷える新月の夜に目覚め、眼が完全に開かれたとき大地は炎により浄化される。』

 予言が広まってからは人も魔物も手を取り合い、選ばれし勇者を育て上げるため尽力した。

 頬撫でる風が白くなってきた頃、勇者は間に合わなかったと噂が広まった。眠れる闇の王は着々と力を蓄え、血をにじませながら修行した勇者は育ちきらなかった。

 噂を否定するお触れは出なかった。雲は分厚くなり、陽が差すことはなくなった。


 そして新月の夜、人々は最期のときを思い思いに過ごす。山の麓、人の少ない農村ですら一種の熱狂に包まれていた。

 村の男たちが集う酒場の店主が店を閉めると言ったのがはじまりだった。光のない夜に酒を飲まずしてどうする、と、元気な男たちは有り金全てを持ち出して近くの街へ出かけて行った。

 畑と共に生きる村だった。空気がよく、水も汚れていない。身体の弱い家族を持つ者たちが移り住んできていた。寝込む家族の傍で過ごすと決めた者は家の扉に花を飾った。花を散らすな、つまりそっとしておいてくれという意味だった。

 おれも去年までは彼らと同じような境遇だった。妹を亡くしてすぐ、父は村を出ていった。おれは村を出る気になれず、なんとなく畑仕事をして生きていた。

 最期の夜と言われても、特に感情はなかった。母に会ってみたかったな、とか、父はどこにいるだろうか、とか、妹はどうすれば助かったかな、とか。世界中の何人もが似たようなことを考えていただろう、よくあるくらいの悲しみに想いを馳せていた。

 妹の墓はない。父が故郷に連れ帰った。もし墓があればきっと花を添えてやったのに。おれは最期の夜もひとりぼっちで、きっとひとりぼっちは世界中にたくさんいるんだろうから、悲しいおかげで寂しくはなかった。

 ぼろぼろの毛布に身を寄せて見慣れた天井を見ていたが、街へ向かった男たちの分まで各家庭に水を運んだせいかあっという間に微睡にのまれていた。


 そして、夜が明けた。


 「え?」


 小鳥のさえずりと白い陽光が木窓から差し込んでいた。夢、か?昨晩世界は終わるはずだった。呆然としていると扉を叩く音。慌てて向かうと村長が困った顔で立っていた。

「おお、やはりまだ村におったか。すまないが、街までひとっ走り頼まれてくれないか」

「爺、どうなっているんですか。世界は終わるんじゃ……?」

 村長は杖にすがるようにして立っている。眉間には深い皺が刻まれ、瞳は悲しみに浸っていた。

「水守(みずもり)の奥方は最近随分と良くなって、身体を起こせるようになっていたじゃろう。昨晩、最期の夜だからと夫婦ふたりで酒を楽しんだそうでな。今朝になって目覚めたのは水守の主人だけ。娘さんが泣きながらうちに来たんじゃ」

 何が、どうなっているんだ。

 太陽はもう頭上にいた。かなり遅くまで寝ていたようだ。ふだんなら街へ遊びにいっても村の男は陽が昇りきる前に帰ってくる。しかし村には人の気配がなかった。

「爺……」

「みな最期の瞬間に命を燃やし、安らぎ、その光が闇を打ち払ったのかもしれん。だが、もともと活気を失っていた世界ではそんなまやかしを灯し続けることはできんのじゃ。わしはおそろしい、これが本当の滅びなのかもしれん。人は弱さゆえ息を続けられなくなるのではないかと、そう思ってしまうのは耄碌のせいかのう」

「そんな、そんなことありません、きっと。幸せを願ったこころが弱さだなんて、そんなのあんまりじゃないですか」

 村長はぐっと涙を飲み込んだ。

「街へ行った男たちが帰ってこんのじゃ。財を投げうち村の者に合わせる顔がないのかもしれん。お前の言葉なら聞いてくれるじゃろうて、どうか連れ帰ってきてはくれまいか。村の者たちをこれ以上失ってはもう、寄る辺がないのじゃよ」

 村一番の馬を用意させよう、と村長は言葉を残して帰っていった。世界は終わらなかった。今日は来た。空だって晴れた。それでも、この村で身動きがとれるのはおれくらいなのかもしれない。

 悲しみはどこから生まれるんだろう。大切なものを失った過去か、立ち行かない日々か、温かな最期が叶わなかった朝か。きっと世の中の全てが悲しみの種で、たまたま降った雨のせいで花を咲かせてしまうんだ。

 それでも村では生活が続いてきたし、きっとこれからも日々は繰り返されていく。終わるはずだった人々の続き、誰も知らない今日を生きなければならない。明日を諦めて限られた時間を大切にした人々だって完全に納得していたはずはなくて、縋っても縋っても手に入らなかったからせめてもの願いとして優しい時間を、楽しい晩餐を用意したんだ。このときのための今までだったと言い聞かせたんだ。それは絶対に弱さじゃない。ただ、そのままでいては結果として誰かを悲しませる者になってしまう。それは善悪の問題じゃなくて、ただきっかけがあるかないかの違いだ。

 世界滅亡の話が出る前から既に抜け殻だった人間が、希望を胸に立ち上がろうと言ったところで説得力はない。ただ、失った人に寄り添い、明日は容赦なくくるのだと、日々の繰り返しに照らされて体温は少しずつ上がっていくのだと、悲しみと暮らす術を共有することはできる。

 今、白い光が人々の在り方をずるいやり方で暴こうとしている。

 分厚い雲を裂いた眩しい光の話を街で聞くまでは、照らしつける陽光が憎くて仕方なかった。














 * * *

 こんばんは、お久しぶりです。幸村です。

 なにか特別な意味を込めて書いたわけではありませんが、書いたあと最近自分自身が物事の見切りを早めにつけているんじゃないかな、という気持ちになりました。

 みじめになるのが怖くて最後まで縋れない、そんな勇者のせいで滅びかけた、そんな彼を支えられなかった世界の話。弱いこと、悲しいこと、そういったものと悪いことは別物って話。

 近況報告を書いているので近々更新します。きっと。

大好きなマイルドカフェオーレを飲みながらnoteを書こうと思います。