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あまねく光へ

街を出てから一日歩いたが、次の街まではまだ距離がある。今夜は野宿だ。一日中歩き続けることにも野宿にもだいぶ慣れた。森の中でもある程度近くに川があり少し開けた場所が確保できればゆっくり眠れる。

場所が決まったら二手に別れる。乾いた小枝を集めながら食べられる野草を探すのが僕の仕事で、狩りをするのが浅葱の仕事だった。浅葱は剣や弓の扱いが上手で必ず肉か魚を獲ってきてくれる。どんな場面でも頼りになる最高の旅仲間だった。

今夜の食事は魚だ。比較的綺麗なかたちの枝を浅葱が短剣で整えて魚に刺し、焚き火の周りに並べて火を通す。赤い木の実をかじりながら魚が焼けるのを待つ、なんでもないこの時間もなんだか温かくて好きだった。 

「今日はよく歩いたな。足とか痛めてないか」

「うん、大丈夫。こないだの街で靴を新しくしてもらったから」

「お前は成長期だからなぁ。身の丈に合ったものを身につけるのは大切なことだよ」

浅葱は村の代表として重要な書類を都に届けるために旅をしている。僕は途中で助けてもらってそのまま世話になっているのだけど、あまりに一方的な関係でときどき無性に申し訳なくなる。この靴だって浅葱の旅費から支払ってくれた。

「はやく大人になりたいな」

なんだそれ、と低くて柔らかい声。笑わないで聞いてくれるからこんな子どもっっぽいことも言ってみようと思える。

「大人になって強くなったら、悲しいことも辛いこともなくなるかなって。浅葱みたいに強くて優しい大人になりたい」

浅葱はふっと笑って赤い実をひとつ口に放り込んだ。僕も追いかけていくつか実を口に含む。小さな実だけど皮が硬いからしばらく噛まないといけない。

「大人になっても、悲しい日もあるし辛いこともあるよ。おれが大人なら、だけど」

「そうなの?」

焚き木がぱちぱちと音を立てる。浅葱は背も高くて武具の扱いにも長けていて賢くて優しい。僕から見たら完璧な大人だった。

「そうだよ。強い人みたいな振る舞いがうまくなるだけさ。でもそれってすごく大事なんだ。どうしてだろう」

「うーん。強い人の振りしてたら強くなれるから?」

「あぁ、そうだな。そうなんだよ。みんなはどうか知らないが、おれはそんなに強くないからな。なんにもしないとどこまでも弱くなっちゃうんだよ」

「……そうなの?」

「そうなの」

しばらく旅をしてきても浅葱が弱いと思ったことは一度もなかった。半ば信じられずに同じ問いを繰り返しても浅葱は少しおどけながら頷いてくれる。

「別に弱いことは悪いことじゃない。誰しも最初は弱いんだ。でもな、弱いままじゃ暗がりに飲まれる」

「うん。わかる気がする。何かに負けてしまいそうになるよ」

「そうだよな。これはおれの持論だけど、ふつうに生きてたら負ける機会なんていっぱいあるんだよ。戦わなければ簡単に負けられる。暗がりはひとりで育っていく」

遠くで鳥が鳴いた。だれかを探しているのだろうか。僕は黙って頷いた。

「だからな、自分の中の光を育ててやらないといけない。暗がりはどんどん広がっていくよ。それを消しとばすことはきっとできない。だからこそ負けないように、強い振りをしながら、心の明るい部分を育てていくんだ」

切れ長の目の中で焚き木の炎が踊っている。どれだけ強い振りをすればこんなに強い大人になれるだろう。どれだけ暗がりから逃げ切ったらこんなに優しい言葉を言える人になれるんだろう。

「浅葱は、身体も心もつよくてかっこいいよ」

「はは、嬉しいな。身体も心も鍛えられるよ。ちょっとずつ強い振りをする、それを繰り返していくんだ」

でも、無理をするのは違うからな、お前はすぐ無理しそうだから。そう言いながら浅葱は魚の向きを変えた。片面はだいぶ火が入って皮がぱりぱりになっている。

「身体は強くなったかどうか分かりやすいけど、心の強さってむずかしいね」

「そうだな。心の強さもいろいろあるしな。なかなか折れない強さもあれば、膝をついてから立ち上がるまで早いって強さもある」

口の中で赤い実の皮が弾けた。甘酸っぱさが広がって少し顔を歪めてしまう。

「浅葱の強さって、どんな強さなのか聞いてもいい?」

「なんだか照れくさいな。おれはね、どんなときでも笑える自分でいたいと思ってるよ」

浅葱は大きな口でにしし、と笑ってみせた。僕が落ち込む度に彼はこうして笑ってくれて、今日まで何度励まされただろう。

「僕はどんな風に強くなれるかなぁ。まだ想像つかないや」

「そりゃあそうだ。お前の背が一晩で伸びないのと同じで、心だって少しずつ育っていくものだから」

「浅葱もちょっとずつ強くなったの?」

「もちろん、ちょっとずつさ。うん、そうだなぁ、お前は優しいからな。ひとりで全部できるってだけが強さでもないし、だれかを助けて、そしてだれかに助けてもらえるようなのだって強さじゃないかな」

「みんなを支えてたら、いつかつらいとき支えてもらえそうだね」

「別に助けなきゃ助けてもらえないわけじゃない。助けてもらうのも強さなんだ。いつか分かる日がくるよ」

「わかった。そのときまで覚えとく」

浅葱は魚を刺した枝を地面から抜いてかぶりついた。ほら、焦げちゃうぞ、と急かされて僕もかじりつく。熱いけど身がほろほろで美味しい。

「背が伸びたら遠くまで見えるようになるからな、お前の優しさも多くの人に届けられるようになるよ」

おれも抜かれちゃうかなぁ、それはそれで悪くないな、と彼は笑った。

僕は弱い。とても弱い。ひとりではなんにもできない。だけどこうして浅葱と旅をして、たくさん会話をして、僕の中の光を育ててもらって。この恩を浅葱に返せるかわからないけど、きっと身体も心も強くなってみせる。

そしてまた誰かの力になれたらいい。

悲しいことも辛いこともあるけど、少しずつ強くなっていくんだ。

どこかで鳥たちの鳴く声がして、焚き火の炎が大きくなった。

「浅葱をおんぶして走れるくらい大きくなるよ」

僕はにしし、と思い切り笑ってみせた。














***

浅葱もずっと一緒にいられるわけじゃないから。


浅葱という青年と、蘇芳という少年の二人旅。

そろそろマガジン作んなきゃ。

一話目はこちら。

二話目はこちら。


大好きなマイルドカフェオーレを飲みながらnoteを書こうと思います。