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クリスマス・キャロル

幼い頃、サンタ・クロースの"存在"を知ったわたしは、毎年毎年、プレゼントが届くことを待っていました。でも、わたしにプレゼントが届くことは無かったのです。一度たりとも届くことはありませんでした。

小学校五年生の時です。

仲の良い友達からクリスマス・パーティーの誘いを受けました。近所の書店の外壁に教会のクリスマス・パーティーのポスターが貼ってあるのを見て、楽しそうだから一緒に行って見ないかという誘いだったのです。

学校の帰り道に、書店に立ち寄って、そのポスターを見ました。主に子供を誘っているような内容だったと思います。

キリスト教のことは何も知らない私たちでしたが、とにかく行ってみようということになり、もうひとりの友人を誘って三人で、次の日曜日から教会に行くようになったのでした。

クリスマス・パーティーへの参加は無料。ただしパーティー当日まで、日曜日ごとに行われている日曜学校に来ることが条件だったはずです。記憶が曖昧なのですが、クリスマスで歌うための讃美歌の練習をしたことは覚えています。

その教会は、母親の実家からほど近い場所にありました。同じ町内。いま思えば、実は、今でも近づくのに少し抵抗のある場所ではあります。

両親の離婚を契機に、母親方の人たちに会うことを、父親方のもの達はよく思っていませんでした。この事が今でもわたしの心理にいくばくかの影響を与えていることに驚いています。

その教会の佇まいは、普通の日本家屋そのものでした。十字架も付いていなかったと思います。後で調べたところ戦後まもなく建てられた建物でした。
玄関を入ってすぐ左手に、三十人程度が入れる集会所があり、ここで日曜学校が開催されていました。

集められた子供たちは、戸惑いながらも(少なくともわたしは)、行儀よく聖書の話を聴き、讃美歌を歌い、お祈りの真似事をして、少額の献金さえしました。

そして当日です。クリスマス・パーティーは夕方から始まります。イエスの生誕を祝うお祈りの後には、讃美歌を合唱します。クリスマスで歌われる讃美歌は、誰もが知っている『きよしこの夜』、気分が高揚するのは『もろびとこぞりて』でした。

わたしは、この教会で二回、クリスマス・パーティーに参加したのですが、やはり記憶が曖昧です。
記憶に残るエピソードはいったいどちらの事だったか。もう、どちらでも良いでしょう。何れにしても、わたしのクリスマスの良い思い出は、この教会のクリスマスが頂点でした。これからも超えることは無いと思っています。

この文章でクリスマス・パーティーと表記していますが、実際は、クリスマス集会です。キリスト教に馴染みのない子供からしたら、愉しいパーティーそのものでした。

ひとしきり決まり事が進行してしまうと、お楽しみの料理とリクレーションが始まります。
料理は煮物などの質素なものでした。肉料理などは無かったと思いますが、ケーキはありました。因みにクリスマスにケンタッキーのフライドチキンを食べるのは日本だけのようです。ケンタッキー日本法人の勝利ですね。

わたしと友達は、イエス生誕シーンの寸劇で、東方の三賢人の役をやりました。三人とも成績の振るわない面々です。三賢人役は少し誇らしく、高揚していたと思いますが、綿で作った長い白髭を着けているのは、自分でも可笑しくて仕方が無くて、観ているひと達もクスクス笑っいるので、セリフも飛び勝ちでした。

東方の三賢人(または三博士、三賢者)は、イエスの生誕を星のお告げにより知り、イエスを拝するためにベツレヘムを訪れたとされています。
エヴァンゲリオンに登場するネルフ本部のコンピューターシステムMAGIは、独立した三つのシステムによる合議制を採っています。この三つシステムに三賢人の名前が使われています。カスパー、バルタザール、メルキオールです。

見知らぬ子供たちと大人たちがいっしょになって寸劇を愉しみ、讃美歌を歌い、たくさん笑って、これほど満ち足りた気分になったのは、生まれて初めてのことでした。掛け値はありません。

もう一つ、強く印象に残っている出来事があります。これは二回目のクリスマスであることは覚えています。
その頃になると、わたしたちは特別グループとして他の小さい子供たちとは別の時間帯で日曜の教会に来ていました。メンバーは、同じ小学校の五年生の男女二人、六年生はわたしと友達(もう一人は早々に脱落していました)、それから隣の市から父親に連れられて来ている女子の総勢五人です。

それほど広くはない集会所なので、クリスマスの時は集会用のパイプ椅子を取り払い、絨毯の上に座布団を敷いて座ります。
わたしたちのグループは一緒の場所に座っています。わたしの右隣に五年生の女子、正面に隣市の女子。この位置関係は何となく覚えていました。
突然、前触れもなく、五年生の、実家が青果業を営んでいる陽気な娘が言います。「Aさんはね。○○君のこと好きなんだよ」

Aさんとは、正面に座っている隣市から来ている女子です。彼女の黒目がちの目と一瞬だけ、目が合いました。
開けっ広げな彼女はまだ何か言いたげで、何が出で来るのかとハラハラしました。しかしこの件は、ケーキの登場前の消灯ともに、分断され、それぞれの胸に何かを残したまま終わりとなります。

Aさんはその後、どういう理由かもわたし達には知らされないまま、日曜学校には来なくなりました。

中学に入ると、友達も去り、あの八百屋の娘も来なくなりました。わたしは、あの陽気な娘を好ましく思っていたのと、Aさんのどこか憂いを含んだ眼差しにも魅力を感じていました。

わたしも結局、日曜学校に行かなくなるのですが、洗礼を受けるかどうかという選択に迫られていたことが、苦しくなってしまっていました。
また、お祈りの時の教師の『異言』に驚き、怖くなってもいました。

最後の方は、教師が家にまで迎えに来てくれるようになりましたが、申し訳ない気持ちをかかえたまま、わたしと教会の関わりは無くなりました。
ですが、やはりクリスマスの思い出は褪せることがありません。

最高のクリスマスでした。

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