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新古今和歌集 6

 先日、長男の中学受験に向け塾の説明会に出席しました。すると講師の方が僕の勤務校の入試問題にも言及してくれて、「〇〇の国語は語彙、漢字が無茶苦茶難しい。国語担当の自分でも毎年満点が取れるかヒヤヒヤする」とおっしゃってました。
 なんか…ごめんなさい。

春といへば霞みにけりな昨日まで波間に見えし淡路島山

新古今和歌集 6 俊恵法師

 「春といへば」。前歌の「けふといへば」に通じる言い方です。流行ですね。
 暦が動いて立春を迎えると世界に春が訪れる。そして春が訪れると霞が立つ。そういうものです。
 
 霞は舞台を必要とします。ですからあちらこちらでどんな霞が立つか試されます。旧都幻想を内包する春日や吉野とは相性ぴったり。
 では俊恵はどこを選んだでしょうか。

 選ばれたのは淡路島でした。イザナギ・イザナミが最初に作った島。ですが今回はそういう歴史的な性格は関係ありません。それより霞と淡路の「淡」を結びつけて俊恵は喜んでいるみたい。

 立春を迎えた難波の海に霞がかかります。すると昨日まで見えていた島が消えてしまいます。見えたり見えなかったりするその淡い存在感。この見え方こそ淡路島の淡路島らしさ。
 そんな名前に相応しい振る舞いを見せる淡路島を俊恵は詠んだのです。
 ちょっと発想がシンプルすぎる気もしますけど。

 

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