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南仏で起きた「引き寄せ」のはなし

3年前の2018年7月、当時中学1年生だった息子を連れて1週間ほどフランスに行ってきた。目的は友人の結婚式への出席だ。

ざっくりとした旅程はこんな感じ。

羽田→パリ→アヴィニヨン→エクサンプロバンス→マルセイユ→フランクフルト(乗り継ぎ)→羽田

それぞれの場所でさまざまな出来事があったが、長くなるので1つずつ紹介していく。
今回は南仏エクサンプロバンスでの奇跡のような「出会い」についての話をしたい。

かつて留学していた街”エクサンプロバンス”

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エクサンプロバンス、通称エクス。かつて私が2年間留学していた街だ。アヴィニヨンからTGVに乗れば、さほど遠くはない。だからアヴィニョン郊外でおこなわれる結婚式に出席したあと、絶対エクスに立ち寄ると決めていた。私の記憶が正しければ、1997年の新婚旅行で訪れて以来なので約20年ぶりになる。

インフラが整備されて、駅や長距離バス乗り場は様変わりしていた。Office de Tourismeと呼ばれる観光案内所も新しい。知らない街に来たようで、ちょっと淋しくなった。

だが、街の象徴であるLa Rotonde(ロトンド)の噴水は工事中だったが健在だ。そこから先の旧市街は、別の店やカフェになったところもあったが外観は昔のまま。懐かしさで涙が出そうになった。

結婚式で合流した留学時代の友人2人と私と息子の4人で街を散策。当時のフランス人の友人たちはパリや別の国に住んでいて、もうエクスに知り合いはいない。しばらく街を歩いてから、それぞれのAirbnbにチェックイン。一緒に泊まるはずの友人が身内の不幸でキャンセルになったため、息子と2人でキッチンつきの広すぎるほどの部屋に宿泊することになった。この部屋のオーナーである91歳のマダムとのエピソードはまた次の機会にでも。

留学中に住んでいた部屋の現在

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2年間滞在している間に住んだのは2箇所。最初に住んでいたのは旧市街にある2階建ての小さな家。小窓が2つある2階の部屋。アメリカ人とノルウェー人の女子学生2人と私の3人でシェアしていた。次に住んでいたのは、同じく旧市街にあるアパルトマンの3階(だったかな?4階かも)。今回一緒に来る予定だった友人とシェアして住んでいた。

最初に住んでいた小さな家は、すでに誰も住んでおらず、ロトンドから続くミラボー通りに面しているカリソンの有名店の工房となっていた(これはあとから知った話)。カリソンは、プロヴァンス地方の有名な伝統菓子。「幸せを呼ぶ」と言われている。クリスマスの13 desserts(トレーズデセール)の1つだ。

「そうか、あの家にはもう誰も住んでいないんだ。マダムはどうしているのかな」

なんて思いながら、息子に街を案内していた。

お土産のカリソンを求めて

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割とタイトなスケジュールだったので、買い物する時間はわずか。それでも、カリソンだけはどうしても購入したいと思っていた。それも1つではなく食べ比べしたくて(食いしん坊の欲が出た笑)市庁舎近くのお店と例のミラボー通りのお店の2つで買うことに。
市庁舎近くのカリソンは無事にゲット。

ところが、ミラボー通りのお店は定休日。学生の頃の私にはちょっと値段が高かったので、このお店のカリソンは1〜2度しか食べたことがなかった。だから、今回は「絶対に大人買い!」と息巻いていたのに、閉まっているなんて…

と、閉まっている店を前にして自分の運の悪さを呪いかけたときだった。

突然やってきた「引き寄せ」

「マダム、この店で何か買いたかったの?今日は定休日だよ」
と、店から出てきたおじさまに声をかけられた。おじさまといっても、私より少し年上くらいだけど。
「お土産にカリソンがほしかったんです。でも、まさか定休日とは思わなくて」
「じゃあ、お店に入っていいよ」
懐かしいプロヴァンス訛りで、私と息子を店内に招き入れてくれた。偶然にも店に用事があったオーナーが出てきたところだったのだ。

「実は私、25年前に裏の家に住んでいたんです。だから懐かしくて。ここのカリソンも絶対買うつもりでした。お店が閉まっていてガッカリしていたところだったんです。だから嬉しい。ありがとうございます!」
嬉しさのあまり、ペラペラと喋り出す私。

止まらぬ会話

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「あの家に住んでたんだね。そうそう、以前はいろんな留学生が住んでいたよね。今は、うちの店の工房なんだ。じゃあ、家主のマダムのことも覚えてる?」
「もちろんです!お元気ですか?」
「Elle est partie…」
家主だったご夫婦はもうずいぶん前に亡くなっていた。私が住んでいた当時、すでに高齢だったので無理もない。空き家となったので、お店から近いこともありオーナーが買い取って工房にしたのだという。

「好きなだけ選んでいいからね」
と言って、店頭にないものまで持ってきてくれた。南仏らしい人の温かさ。懐かしい。しばらくオーナーと取り止めもない昔話が続いた。かつて、工房には日本人のお弟子さんもいたのだそうだ。日本でカリソン職人にでもなってくれていたら絶対買いに行くのに(笑)なんて、心の中で思っていた。

カリソンを何種類か選ばせてもらい、支払おうとすると、
「せっかく日本から息子さんを連れて、ここまで来てくれたんだからおまけしとくよ」
と言って、かなり値引きしてくれた。今なら定価だって全然問題ないのだけれど、お言葉に甘えることに。しかも、
「そうだ。これはうちの店のスペシャリテだから持っていきなさい。日持ちするから大丈夫だよ」
そう言って紙袋に入れてくれたのは、pompe à l'huile(ポンプアルイユ)というパン。これもクリスマスの13 dessertsの1つだ。

会計を済ませて店を出ようとすると、
「息子さんの名前は?」
とオーナーに尋ねられた。私が答えると、オーナーは息子の名を呼び、息子に手を差し出した。フランス流のご挨拶のために。
「エクスまでよく来てくれたね」
と言葉をかけられ、息子はおずおずと手を出して、2人は握手を交わした。もちろん息子のフランス語は「ボンジュール」さえ怪しいレベル。それでもオーナーの気持ちは息子に通じたようだ。
にこやかな笑顔に見送られ、私たちは店を出た。温かい気持ちに包まれて、何度もお店を振り返る。

もう知っている人はいないと思っていた南仏の街で、こんな出会いがあるとは。偶然というには出来すぎているが、これは紛れもない実話。
自分の引き寄せの強さに感謝したい。

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