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高校1年生の昔の自分へ【出遭いから...】

小麦色の肌に黄色のワンピースがとてもよく似合っていた。
このちょっとした再会が私の人生を大きく変えた。

世間知らずの純粋な青年だったから、棋士の夢が断たれただけで入水などという妄想に囚われたのだ。純朴だったこともありその日は心が躍っていた。寅さんではないがお医者さまでも草津の湯でもだ。翌日からはその子に近づく方法を模索し、勉強を理由にするのが良いという結論に達した。

どの教科を選ぶかだが、暗記は苦手なので地歴公民は問題外。国語は漢字が読めないし、言葉も拙いから却下。理科は好きだけれど点が取れない。もっとも自信のあった英語はぺらぺら話せるようになる自信がない。で残ったのが数学。でも数学は出来ない。このときでさえプラスマイナスの計算や2xとx^2(xの自乗)の違いを理解していない。でも角度問題は好きだったし、将棋のように考えるのは好きだったのでこれに決めた。その日から中学数学をやりはじめた。中学の教科書はとうに捨てた。残っているのはポケットサイズの要点とある高校の過去問そして学校で購入させられた計算問題集。あとから兄に数学を教えるため母が購入した数学解法事典がみつかった。

はじめにやったのは高校の過去問を解くことだった。1⃣は計算問題なので、これを解くことから始めた。高校の授業で展開・因数分解を習っていたので、ここから始めた。因数分解はシリーズ4の12, 13で紹介した方法しか覚えていない。でもこれが幸いし、完全平方型を除く他の因数分解はできるようになった。展開をするには正負の計算が必要なので、計算の仕組みを自分なりに考え因数分解を利用することで計算ができるようになった。その方法も紹介したはずだ。こうしてどの年の1⃣もできるようになった。もちろん、ほとんど何も知らない状態からなので正負の計算ができるようになるのに数日かかったが、大抵2,3時間考えれば解決できた。勉強は机でなく寝っ転がってカレンダーや広告の裏にボールペンで書いてやった。とにかく一区切りするまで考え続けた。

いくら考え続けても解決しないこともあったが、そういうときにはしばらく時間を空けるか翌日考えれば解けるということに気づいた。

とにかくこのようにどんどん進めた。夏休みはとうに過ぎたがとにかく続けた。学校の数学の授業はとても分かりやすく、進度もゆっくりだったのでとても助かった。底辺高校の利点でもあり、その先生の教え方が上手かったのも幸いした。数学が段々できるようになったので、板書で答える問題を級友からもきかれるようになった。数学しか勉強していないのに、なぜか成績が上がり学年末およびクラス分けテストでは学年で20位内に入り、大学進学向けのクラスに入れた。

3月には公立高校の入試問題が新聞に掲載されるが、それを解いてみたら3時間もかかったがすべて解けた。検算などもきちんとしたので満点だった。時間内には解けないから偏差値は高く出ないだろうが、偏差値35くらいだった自分自身がここまで出来るようになったのはうれしかった。

進学クラスを選択したのは現代用語でいうヤンキーが苦手だったからだが、このクラスにも漫画にでてきそうな級友はいた。一人は数学が私よりもできた。だから教えてもらったこともある。このクラスの担任の先生はとても熱く、勉強だけでなく社会的な問題も教えてくれた。これには感謝しかない。

大学に行こうと思い始めたのは高校1年の終わり頃で、帰りのバス停で英語の先生と出会い、「一は大学に行くんだろ」の一言が切っ掛けだ。大学なんて言葉が出てくるなんて。教科担任はそのようにみていたのかというのと、就職ではなく大学にも行けるのかという思いが出てきた。実際に大学を意識して勉強しはじめたのは6月頃だったと思う。この頃から英語と物理も独学し始めた。

1年の2学期、授業で出題された因数分解 X^4+4(xの4乗+4)が解けず、放課後に職員室で2時間くらいかけて教えてもらったが、理解はできなかった。この問題の発想が理解できたのは湯船で考えていたときだった。
この2学期の途中で中学の内容が終わり、学校で与えられた問題集を解いていたが、3学期には街の書店で大学受験問題集数学Ⅰを購入し、これを解くようになっていた。とにかく難しく、1日4問くらいしか解けず、解けない問題は数学の先生のところに行って教えてもらっていた。ほぼ毎日だったので「また来たか」が日課となった。

この調子だから大学進学なんて夢でしかない。でも数学を学びたくなっていたので教科書で独学しはじめた。2年生の9月には数学Ⅰは読み終わり数学ⅡBに進んだ。12月末にはこれも終え、1月から数学Ⅲに入った。悲しいことに高校の授業では数学Ⅲをやらないので教科書がなかった。なので数研の赤チャートⅢを購入し独学した。チャート式数学は2年の最初の授業で紹介され、赤と青があると紹介されたが書店で見比べて赤を選んだ。だからⅡBもⅢも赤を選んだ。

中学時の級友の学校が進学校で、その彼は文系進学だったが数学Ⅲの教科書を買わされていた。3年になったらその教科書は使わないということだったのでそれを譲ってもらいそれで勉強した。数学Ⅲの独学は当時の私には難しく参考書を買った。それは工学部の学生が使うような計算のしかたを説明する本だった。確かにその本は受験参考書のコーナーではなく、将棋の本の近くに置いてあった。

人間万事塞翁が馬。昔の高校1年の自分にこのことを伝えたい。▢

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