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死者との対話


大きな川が近くに流れる駅に降り立つ。

昨年の7月に初めて降り立った駅。

大きな街道をこえ、坂道を登ると目的地がある。

かなり急坂なので、息が上がる。

観音堂でお参りをする。

裏手にある母の眠る場所へ向かう。

丘陵の端に当たる場所のため、
少し急な階段を登る。

手を合わせて、

「また来たよ」

とポツリとつぶやく。

枯れ葉を箒で掃除して花を手向ける。 

線香の束に火をつける。
風があるからなかなか燃えない。

しばらくすると樒の独特な薫りが立ち込める。

手に塗香を塗り、対話を始める。
お経を一通り誦む。

風で周囲の竹藪がざわざわと音を立てる。

周りに誰もいないことを確認して、
対話を始める。

別に人がいてもいいのだが。

そこはわたしのいる時間だけは
閉ざされた空間にしたいと。

死者との対話が成り立つのか。
それは私の想いを語る一方的
単独行為である。

しかしわたしは対話しているのだ。

日々の暮らしのこと
父との生活のこと
友が亡くなったこと

そんなことを心の中で話しながら
しばし佇む。

突然大きく風が吹き抜け、竹林がざわざわと
音を立てる。

無限の清風。
葉葉起清風。

通じたな。

そう呟いてから、
ペットボトルのお茶を飲み干す。

「また来るよ」

と声をかけ、階段を下る。

昨年のこどもの日。
母は毎年「風入れ」と言って
兜を出していた。

組み立てが複雑で、
「自分では出したらしまえなくなるな」
「来年はしまい方を教えてくれよ」
なんて話していた。

その2ヶ月後には、
突然の余命宣告を受けることになる。

今年は兜を出す気にどうしてもなれなかった。

見渡せば大きな川が見えるその場所で
昨年のことを思い出す。

さて、帰ろう。

夏には一周忌。

生きているものと死者との対話は
こうして続く。

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