見出し画像

生霊


 以前、勤めていた職場で、○○さんの生霊が出る、という噂が立った。
 ○○さんというのは、五十歳を過ぎた女性だったが、性格がどうにも陰湿で、若い人を苛めたり、嘘を平気でついたり、その挙句、商品に手をつけていたことが発覚し、辞職させられた人だった。
 初めに生霊を見たと騒ぎ出したのは、○○さんに最も苛められていた女性だった。
 その女性は○○さんより少し年下で、仕事の経験が無かったことから失敗も多く、事あるごとに嫌がらせを受けていたそうなのだ。
 その恨みもあるだろうから、生霊云々という馬鹿馬鹿しい話も、それで気が晴れるならいいさと、内部で収まっているうちは容認していた。
 確かに、○○さんは、そういう“生霊”を飛ばしかねない禍々しさを感じさせる、情念の深そうな人でもあった。
 
 しかし、なんでもオカルトに結びつけたがる人はいるものだ。
 生霊をどこで見たかと訊けば、感じただけだと言うし、○○さんの顔をしていたのかと訊けば、背が低かったから○○さんに違いないと言う。
 この人は、それほどまでに○○さんが嫌いだったんだな。そりゃそうだ、同僚が気づけないよう陰湿な苛めを受けていたのだから。気づけなくてごめんと謝った。
 
          ※

 わたくしは、生霊や幽霊などと呼ばれるナニモノかは、確かに存在すると思っている。
 ただ、なんでも霊のせいにするオカルト馬鹿は気に入らない。
 どこかで事故があれば、以前そこで亡くなった気の毒な方のせいにし、怪我が絶えなければ先祖のせいにし、病気がちならば、あろうことか生まれることが叶わなかった赤ちゃんや、保健所に引き取らせたペットのせいする。
 仕事の細かいことに気がつかなくとも、写真を見れば虚空に目鼻口をさがし、心霊写真だと騒ぐ。
 それで金儲けを考える者までいる。
 責任を、追及も晴らせも出来ない誰かのせいにし、それで心が楽になるのだろうか。
 
          ※
 
 ある日の遅い時間。
 皆を帰らせ、最後のゴミ出しをしていたわたくしは、背後によからぬナニモノかの気配を感じた。
 
 これが○○さんの生霊と呼ばれているモノだろうか。
 忌々しいので《印》を結んで吹き飛ばしてやろうかと思ったが、生霊なんぞに使って、本体がどうにかなっては寝覚めが悪いので、とりあえず後から手出しされない様、条件じみた言葉を口にした。
 
「お前はあと20秒間、俺に付け入ることは絶対に出来ない」
 
 この場合の数字=時間は、なるべく短いほうが良い。
 譲歩したように見せかければ、相手(?)も納得し、その時間内は自らを縛ってしまうのだ。
 生霊を飛ばしている本体の質にもよるとは思うが、この手のナニモノかは、あまり複雑な思考は出来ないものなのだ。
 
 わたくしは心の中でカウントダウンしながら作業をし、電気を消し、表へ出て鉄の扉を閉める間際、ナニモノかを懲らしめる為にもうひとつの言葉を口にした。
 
「俺に付け入ることが出来なかったお前は、明日の朝までここから出られない」
 
 そう言って、鍵を掛けると同時に、カウントもゼロになった。
 わたくしは扉の向こうに向かって「ざまあみろ」と言ってやった。
 すると、誰かが、ドンッ! と、内部から扉を叩いた。
 さも、悔しげに。
 
 感情も抑えられずに手近なモノにつらく当たる・・・・・・そうだ、○○さんはそういうところがある人だった。
 この中に閉じ込めたナニモノかは、確かに○○さんの生霊だったのだな。 
 
          了