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バカヤロー!と円安。

いきなり失礼なタイトルで申し訳ないが、
「バカヤロー」は私の住む国の言葉で「鱈(たら)」である。
そう、あの白身魚のタラ。

正確には「バカリィヤロス」に近い発音。
でも、そのあたりは当地の人もてきとうで、絶対にみんな、ふつうに「バカヤロー」って言ってる。
ユニバーサルについ言いやすい発音なんでしょうか(私だけでしょうか)。
魚屋に向かって、「バカヤロー!」と言うと、ニコニコ笑って鱈を測ってくれる。
慣れると、ちょっとしたストレス解消になる。

話題は変わるが、料理居酒屋のことをここでは「タベルナ」という。
英語のTavernの語源ですね。
料理居酒屋については以上。

よって、二つの言葉を合わせると大変なことに。
「バカヤロー」+「タベルナ」=「馬鹿野郎、食べるな!」

日本人らしい出で立ちで、ちょっと観光地っぽい地区の居酒屋でも歩こうものなら、道に出てニコニコ立ってる客引きのお兄さんたちから、微笑みと「バカヤロー、食べるな!」の洗礼が降ってくる。

これにはきっと歴史があって、数十年前にこのあたりに旅してきた日本人が、『なんで食事をしに来て怒鳴られなければいけないんだ?』と、面白いリアクションでもしたのだろう。寅さんだったのかな?
それ以来、店の客引きはアジア人と見ると、喜んで「バカヤロー、タベルナ!」を連呼するようになった。
…らしい。

私も、来たばかりの頃は憤慨したものだが、なんせ言葉も不自由で、日本語もだんだん恋しくなり、次第に、これが聞きたくてわざわざ観光地区の居酒屋に足を運ぶようになった。
懐かしい日々。

陽だまりに時計がとまったような、午後のゆったりとした時間。
冷えた白ワインに揚げたての香ばしい鱈の香り。
人々の談笑がさざ波のように漂う地中海の街角。
優しくこだまするバカヤローの音律…。

でも、そんな平和な光景も、今は昔の十数年前。

「このごろはね~…」
と料理人のヨルゴスは厨房で肩を落とす。
「バカヤローっていっても、みんな、ニコリともしてくれなくなった。がっかりだよ」
それは、ふつうに通じてるからでは?とは言わずに黙ってうなずく。
「きっと、ほとんどがチャイニーズがコリアンなのさ」
「そうかもしれないね」と私。
「いったい日本人はどこに行っちゃったんだい?」
白ワインを注ぎながら、万年ウェイターのヴァンゲリスも哀し気につぶやく。
「あの、はにかんだような、礼儀正しい日本人が懐かしいよ」
「またあの頃みたいに、バカヤローって笑いあいたいね」
すこし傾いた陽射しの中で、ふたりの影法師が遠い海を見つめる。

こんなところにも円安の影響は、表れているのかな。

明日は日曜日。
久しぶりにバカヤローって言われに行ってみようと思う。
鱈のニンニクソースも、おいしいし。
ほんとうは、和風の煮つけの方が好みなんだけれども。

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