光の庭ことほぎ

光の庭で智慧を言祝ぐ。 日常の出来事に智慧を紡ぎ、触れた光を表現する。果てなきようで…

光の庭ことほぎ

光の庭で智慧を言祝ぐ。 日常の出来事に智慧を紡ぎ、触れた光を表現する。果てなきようで最も確かな意識の成長サイクルを地球という光の庭で実践中。 すべての魂が自然(じねん)の旅路を安心して歩めるように、パーソナリティ(体と心と意識)のアライメントをサポートしています。

マガジン

  • 魂のこよみ

    ルドルフ・シュタイナー著『魂のこよみ』と共に季節を巡る魂の旅行記

  • 秘教学

    アリス・ベイリーの秘教学をベースに、残しておきたい叡智の言祝ぎ集

最近の記事

終わりは始まり

3月最終日の日曜日、キリストの復活を祝うイースター(復活祭)を迎え、新しい巡りが始まりました。それは同時に、昨年4月9日のイースターからスタートした「魂のこよみ」と巡る『魂の旅』が一巡りしたことを告げています。 一年52週、毎週一つずつシュタイナーの詩を瞑想しながら過ごしてきましたが、昨年から今年にかけての一巡りは51週だったため、私の一巡りは今週いっぱい進行中のような…(笑) このような暦の重なりが生じるのは、イースターが「春分のあとの満月のあとの日曜日」に設定されてい

    • 強い否定は最大の肯定⁈

      人生は選択の連続ですが、数年前には考えられなかった、それどころか強く拒否していたことを選択しようとしている今日この頃です(笑) そういえば、インドを旅した時も、それまでの数年間インドへ誘われる度に「今世は呼ばれていないので…」と強く拒否し続けていたのに、ひょんなことから『行ってみよう』スイッチが入って訪れたインドは、予想通り⁈奇想天外なこと多発でしたが、それらを含めすべてが想像を遥かに超える最幸に豊かな経験となり、“強い否定は最大の肯定” という教訓を得たのでありました( ̄

      • 覚悟を決めるって?

        春分を迎え、新しい巡りのはじまりを感じています。 今朝のセッション後、何気ない話の中でクライアント様が口にした “覚悟を決めるって?” という問いがこの数日間の自分の出来事と重なり、感じたことを感じたままにメモしておきます。 “覚悟を決める” というよりも “覚悟が決まる” といった方が近い感覚。 人生のブループリントは決まっていて、様々な経験を通して葛藤を繰り返しながら準備が整ったとき、内なる私の “うけたもう” を、小さき私が抗うことなく受け入れる自然な流れ。怒涛のよ

        • 知恵の光に照らされて

          「お彼岸のお参りいつ行く?」という父娘の業務連絡が、我が家の春分前の風物詩です(笑) 春ですね〜 先週(第48週)の詩を読みながら、春の陽射しを受けて植物が芽吹くように、知恵の光に照らされて愛が芽吹く光景が浮かびました。 春分まで一週間。「魂のこよみ」も最後の章 〜再び春へ〜 第49週が進行中です。 ⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄ ❒【 光の庭ことほぎ 】のウェブサイトです。 ⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄ ❒【 聴く秘教本 】朗読

        終わりは始まり

        マガジン

        • 魂のこよみ
          50本
        • 秘教学
          7本

        記事

          聖なるシンプルさ

          先週末、アリス・ベイリーの著書(光線とイニシエーション)の中で出逢った『大いなるシンプルさ』という言葉に強い光を感じました。 単なる『シンプルさ』ではなく『大いなるシンプルさ』 私のマインドはこの言葉を『聖なるシンプルさ』として感受しました。 先週(第47週)の詩に描写されていたように “思考の力が神の力と結ばれる” とき、その思考は『聖なるシンプルさ』に基づいているのだと思います。 この単なる『シンプルさ』と『大いなるシンプルさ(聖なるシンプルさ)』の違いを考える際

          聖なるシンプルさ

          ポカポカの特等席で魂を滋養する

          今朝は久しぶりに朝陽がサンサンおはようさんのピカピカの朝でした✨ポカポカの特等席を陣取ってお日さまのエネルギーをたっぷりチャージ!生き返った〜(*´꒳`*) 私たちは宇宙の諸力と深い関わりの中で生きていて、太陽は魂やハートと関係していると言われています。太陽の質感を感じながら自分の内側に響き合わせていると、なんだかできそうな気がしてくるのも納得できます。 叡智に紡がれる宇宙や自然界とのつながりを暮らしの中に感じ、意識的に育むことで、知識は体感を通して全身を駆け巡り、あたた

          ポカポカの特等席で魂を滋養する

          妥協点と調和点

          現象世界で生きている限り、現実から目を逸らすことはできません。しかし、自分の認識できる現実と思しき限定の中でいくら考えても個の枠を超えることは難しく、言い訳と否定を繰り返しながらいつの間にか妥協点を見出すことがゴールになり、、、もはやソレ叶えなくてもよくない?と、 何をしようとしていたのかすらぼやけてしまうことがあります。 一方、多少無謀に思えるようなことであっても、魂が震えるような理想を実現するために想いを巡らせるとき、自然と私たちは現実と理想の間をダブルスウィングしなが

          妥協点と調和点

          静なる幕間をゆたかに超えて

          太陽星座もアセンダントも水瓶座のド水瓶座星人の私にとって、毎年水瓶座の新月は愛をもって半ば強引なくらい “ドーン” と背中を押してくれるパワフルな日です それに気づいてからというもの、年が明けても水瓶座の新月待ちみたいなところもあり…今年も有無を言わせぬ一突きを頂戴しました(笑) 人生には周期があります。過去・現在・未来と続く転生周期もあれば、この肉体をもって地上で生活している今世一生の周期もあります。さらには、その一生においても数年単位の周期もあれば、一年、一ヶ月、一

          静なる幕間をゆたかに超えて

          暦の節目の只中で

          生まれ月でもあるせいか、毎年2月の訪れと共にギアが入る感覚がありますが、今年はそれが一層はっきりと感じられました。 森羅万象とのつながりを色濃く感じて迎えた立春。 想像から創造へ。 立春〜旧正月という暦の節目の只中で、第44週が進行中です。 ⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄ ❒【 光の庭ことほぎ 】のウェブサイトです。 ⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄ ❒【 聴く秘教本 】朗読配信はこちらからお聴きいただけます。 現在は「ホワイトマジッ

          暦の節目の只中で

          何かに過剰に反応してしまうとき

          先週(第42週)の詩は何度読んでも、自分のリズムとあまりシンクロしていないように感じていました。『今の私はそんなに熱くないぞ』と。 けれど今朝もう一度読んでみると、まったく違う印象でした。 既に魂の火が漲っているのではなく、むしろまだ本調子じゃないから、意識的に魂を激しく働かせようとする段階なのだと。つまり、まさに今の私に必要な内容だったことに気づきました。 自分が本調子じゃないと、正論が眩し過ぎて自分と相容れないように感じることがあります。何かに過剰に反応してしまうと

          何かに過剰に反応してしまうとき

          偶然という自然

          この週末は連日、様々なアーティストさんたちの作品に触れてきました。 それぞれの技法のいわゆるベーシックと言われるところから少しはみ出したその方特有の表現を目にすると、『初めてこれを思い付いてやってみたとき、めちゃくちゃ楽しかったんだろうなぁ~』と、観ているこちらまでワクワクしてきます。 ある方の作品を観ている時、ギャラリーの方が「この作風は作者がたまたま庭で焚火をしている時に、木板に描いた作品をちょっと焼いてみたらどうなるんだろうという好奇心から生まれたそうです」と教えて

          偶然という自然

          大いなるリズムの中で

          今年は新しい明確なミッションがあるので新年早々スタートダッシュしたかったのですが、残念ならが例年通りのスロースタートです( ̄▽ ̄;) 思い描いたように事は進んでいなくても不思議なくらい焦ることなく淡々と過ごしていると、先週は思わぬタイミングでミッションに関連する情報に遭遇することが度々あり、見た目には進んでいなくても内的なリズムの調整がはじまっていることを感じていました。 感知した情報を紡ぎ合わせる中で、自分の先入観や願望が真意を歪めてしまわないように、冷静に丁寧に識別し

          大いなるリズムの中で

          すごく当たり前だけど、とても大切なこと

          日常と呼ばれる時の流れは奇跡の瞬間の積み重ねであることを深く知る新年の幕開けとなりました。 「今在ることに感謝し、置かれた場所で、力を尽くす」 すごく当たり前だけど、とても大切なことだから、年のはじめの所信表明。 魂のこよみもラストクオーターに突入。 第40週のはじまりと共に、今年もよろしくお願いします。 ⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄ ❒【 光の庭ことほぎ 】のウェブサイトです。 ⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄▪⋄ ❒【 聴く秘教本

          すごく当たり前だけど、とても大切なこと

          一年の締め括りは五体投地で

          あっという間のラスト一週間。聖夜の情景の詩をじっくり味わう暇もなく過ぎ去り、気がつけば大晦日。 毎年、一年の最後のヨーガレッスンでは五体投地をしながら一年を振り返り、反省と感謝、そして、生きとし生けるものすべての幸せを祈ります。 今年もやり残しなど反省点は多々あれど、感謝する人、もの、コトに想いを馳せると、ペラペラ漫画のように様々なことが想起され、生かされているこの生命をもっと生かしていきたいと思いました。 今年最後の詩を味わいながら、年越しに備えます。 みなさま、よい

          一年の締め括りは五体投地で

          聖夜のつぶやき

          冬至を超え、聖なる夜を迎えました。 先日の冬至時刻(12月22日12時28分)は、瞑想の中で過ごしました。 陰が極みに向かう中で静かに自然の巡りに意識を合わせていると、日食のような印象を感受しました。陰が極まる瞬間もほんのり柔らかく漏れ出す光を眺めながら、闇の奥にはいつも光が在ることを感じて静けさが深まっていきました。 冬至から春分にかけて少しずつ光の力が強くなり、陰陽バランス点へと向かいます。冬至時刻が過ぎてからも少しの間、日食のような印象と共に過ごしていると、光が闇

          聖夜のつぶやき

          パワーワード

          冬の気配が一進一退する不思議な季節の移ろいの中、私の活動の源泉の基調が「分かち合う」から「差し出す」へと変遷しました。 「私が差し出せるものは何だろう?」と自分に問いを投げかけた途端、堰を切ったように繋がりはじめた点と点。何気なく浮かんだ「差し出す」という言葉は、私にとってとんでもないパワーワードでした。 それから約2週間、過去数年間を凝縮したような濃度で過ごす中、毎週シュタイナーから紡ぎ出される詩がまるで並走しているかのように私を鼓舞してくれています。 「魂のこよみ」