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CHEESEを素材にして(レシピの話ではありません)

「遠くの親類より近くの他人」ということわざがありますが、この場合の「遠く」は住む場所が遠隔であるとの意味であり、血筋の点で「遠縁」だということとは違います。

突然ですが、鯨(くじら)と河馬(かば)は「遠くの親類」と言えます。

「鯨偶蹄目(くじらぐうていもく・げいぐうていもく、Cetartiodactyla)は、哺乳綱の1目。(中略)
東工大の岡田典弘のグループが確立した遺伝子を用いた手法、いわゆるSINE法(レトロポゾン法)により、類が旧分類の偶蹄目、中でも特にカバ科と特に近縁である事が分子系統解析で明らかになった事により偶蹄目と鯨目をあわせる事で設けられた目である。」
ウィキペディア

海と陸とに隔たって棲息しているこの2グループが親類とは意外です。

さて、この鯨偶蹄目に所属する牛・水牛・羊・山羊・ヤクといった動物の乳からチーズは作られます。

牛以外のチーズ

牛以外の乳を原料とするチーズの例は以下の通りです。

水牛:mozzarellaモッツァレッラ

羊:roquefortロックフォール、pecorinoペコリーノ

山羊:pouligny-saint-pierreプーリニ=サン=ピエール

(山羊の乳から作られるチーズの総称がシェーブル・チーズ

ヤク:ギー

cheeseという単語

基本

物質名詞として、不可算で扱う時はこうです。

「a piece [slice] of cheese
チーズ 1 個[ひと切れ]」
(研究社新英和中辞典)

「I bought a half pound wedge of cheese.
(私は半ポンドの重さの、楔形に切ったチーズを買った)
Sprinkle with the grated cheese.
(用意した粉チーズを振りかけてください)
After the meal we had coffee with cheese and biscuits.
(その食事の後、私達はチーズのせビスケットをつまみながらコーヒーを飲んだ)」
(ロングマン現代英英辞典)

そしてこのような時によくあるパターンとして「種類を言うときは可算」となります。

「a selection of English cheeses
(イングランド産のチーズの品揃え)」(同)

そして更なる「よくあるパターン」として、種類の話ではないのに可算扱いにすることもあります。

「buy two cheeses at the grocery
食料雑貨店でチーズを2個買う」
(大修館書店ジーニアス英和大辞典)

コーヒーや紅茶でもこんな使い方をしますよね。

「Three teas and a coffee, please.
紅茶を3つ、コーヒーをひとつお願いします」
(大修館書店ジーニアス英和大辞典 用例プラス)

チーズでもコーヒー(豆じゃなくて飲料)でも、人と受け渡しをする時はある決まった形になっているはずなので、境目がはっきりしています。ですから数を勘定することができます。

形容詞形

容易に想像できると思いますが、-yを付けてcheesyという形容詞が作れます。

「チーズ質の」とか「チーズ風味の」という意味になるのも当然です。

「cheesy sauces
(チーズ風味のソース)」
(ロングマン現代英英辞典)

ただし味以外の、「安っぽい」「偽善的な」という否定的な使い方も存在します。

「a cheesy soap opera
(安っぽいメロドラマ)
a cheesy grin
(偽善的にニコッと笑うこと)」(同)

さて、もう1つの形容詞形はcaseous[kéisiəsケイシアス]です

「チーズ質の」の他に、医学用語でも使うようです。
(詳しい話は省略)

こんな意外なつづりの言葉がなぜ存在するのでしょう。

語源をたどります。

形容詞を作る働きを持つ接尾辞-ousがくっついているcaseousは、ラテン語のcaseusが源です。

実はこのcaseusがゲルマン語方面に入ったのちに英語にやってきて、現代英語ではcheeseというつづりになっています。

独西葡伊

ゲルマン語に入ったcaseusは現代ドイツ語ではKäse[kέːzəケーゼ](単複同形)です。

「Käse ist ein festes Milcherzeugnis, das – bis auf wenige Ausnahmen – durch Gerinnen aus einem Eiweißanteil der Milch, dem Kasein, gewonnen wird.
(チーズは、ーわずかな例外を除いてーミルクの蛋白質成分、すなわち酪素を凝固させることで得られる固形乳製品である)」
ウィキペディア

一方ラテン語の末裔である言語の方の流れを見ましょう。

スペイン語ではquesoケソ(複数形はquesosケソス)です。

「El queso es un derivado lácteo que se obtiene por maduración de la cuajada de la leche una vez eliminado el suero
(チーズとは、ミルクが乳清を取り除かれたのち凝固させたものを熟成することによって作られる乳性副産物の一つである)」
ウィキペディア

ポルトガル語ではqueijoケイジュ(複数形はqueijosケイジュス)です。

「Queijo é um alimento sólido que é feito a partir do leite de vacas, cabras, ovelhas, búfalas e/ou outros mamíferos.
(チーズは牛、山羊、羊、水牛、およびまたはその他の哺乳動物のミルクから作られる固形食品である)」
ウィキペディア

「ポンデケージョ」の表記でお馴染みのブラジルのパン「pão de queijoポン・ジ・ケイジュ」は「チーズのパン」を意味する言葉です。

ミスタードーナツの製品「ポン・デ・リング」の名づけに影響を与えたと言われています。

「ポン・デ・リングとはダスキンが運営する日本のミスタードーナツで主に売られているドーナツの一種である。もっちりとした食感と8つの丸が輪のようにつながった形が特徴であり、名前はブラジルのパンであるポン・デ・ケイジョにちなんでいる。」
ウィキペディア

イタリア語にはcacioカチョ(複数形はcaciカチ)という言葉があります。

我が国でも売られているチーズ「caciocavalloカチョカヴァッロ」の名前は、成り立ちとしては「cacioチーズ +‎ cavallo馬」です。

これは前回投稿で取り上げた「メロン・パン」と同じくらい、誤解を招きやすいものです。

メロン・パンの原材料にメロンが含まれていないように、caciocavalloも馬の乳で作られているわけではなく、普通に牛乳です。
(尚、馬は鯨偶蹄目ではなく奇蹄目です。)

「モッツァレラチーズと同じように湯で練ることで整形し、紐で吊り下げ乾燥・熟成させてつくり、ヒョウタンのような形に仕上がる。その様子が、馬の鞍の左右に袋をぶら下げて運ぶのに似ているため、こう呼ばれる」
ウィキペディア

次の動画でその作り方、形状をご確認いただけます。

『イタリアで最も希少で最も高価なチーズの一つがどのように作られるのか |郷土料理』
https://www.youtube.com/watch?v=ilLDdqh0rEc

ちなみにcavalloに「小」の意の接尾辞をつけたcavallinoカヴァッリーノ(若い馬)は、自動車のフェッラーリの紋章の通称「cavallino rampante(後ろ足で立った若駒、の意)」に使われているので、お聞きになったことがあるかもしれません。

他の言語ではカ行なのに英語だけ「チ」

以上ご覧のように英語のcheeseだけ、ラテン語の当時と同じである[k]の音ではなく、[tʃ]に変化しています。

「蓋」という字には「ふた」という訓読みがありますが、我々の口の内部で言わば「ふた」のような形をしている部分、極端に熱い食品を入れた時にヒリヒリした感覚が残る部分、それを「口蓋(こうがい)」と呼びます。

口蓋の中でも歯に近い方を「硬口蓋(こうこうがい)」、喉に近い方を「軟口蓋(なんこうがい)」と言います。

[k]の音を持つ言葉を発音するときに、舌の前の方の部分が硬口蓋に近づくと[tʃ]に変化するような現象を、業界用語で「口蓋化(こうがいか)」と呼びます。

「日本語では、「カ」 /ka/ と「キ」 /ki/ の子音は同じものと考えられている(音素上は完全に同じものである)が、実際に発音してみると「キ」 [kʲi] は「カ」 [ka] に対して、前舌面が硬口蓋に向かって近づいているのが分かる。つまり、「キ」を発音する時に口蓋化が起こっているといえる。
口蓋化が起きる原因は、口蓋化の起きる音に続く音による。一般的には、i/e の前で口蓋化が起きやすい。口蓋化は世界中の言語で見られる現象である。」
ウィキペディア

[k]と[tʃ]の音を持つ単語グループとして分かりやすいのは「speak - speech」でしょう。

といったわけで、ラテン語caseusカセウスは旅をして流れ着いたイギリスの地で口蓋化によって変身したのでした。

もう1つの系統の「チーズ」

さてcaseusを語源としていない「チーズ」もあります。

先程イタリア語cacioをご紹介しましたが、これはむしろ地域限定の言葉であり、より一般的な「チーズ」はformaggioフォルマッジョ(複数形はformaggiフォルマッジ)です。

「Il formaggio è un prodotto caseario ottenuto dalla coagulazione acida o presamica delle caseine presenti nel latte intero, parzialmente o totalmente scremato, facendo anche uso di fermenti e sale da cucina.
(チーズとは、部分的あるいはすっかり分離された全乳の中に存在する酪素を原料とし、酵素や食塩を利用することと併せて、酸あるいはレンネット剤による凝固によって得られる酪農産品である)」
ウィキペディア

この言葉は昔のフランス語formageを借用したものであり、大元はラテン語forma「型」です。

「「製造用の型に流し込まれる(チーズ)」が原義」
(小学館伊和中辞典)

そして現代フランス語ではfromageフロマージュ(複数形はformagesフロマージュ)です。

「Le fromage est un aliment obtenu à partir de lait coagulé, de produits laitiers ou d'éléments du lait comme le petit-lait ou la crème.
(チーズとは、凝固したミルクから、乳製品から、あるいは乳清や乳脂といった乳成分から得られる食品である)」
ウィキペディア

イタリア語formaggioの語源として「型」が登場しましたが、フランス語fromageに「型」にまつわる、「チーズ」以外の用法があるみたいですよ。

「➋ 〖料理〗 詰め料理.
fromage de tête
ヘッドチーズ(豚の頭肉をゼリーで固めたパテ)」
(小学館プログレッシブ仏和辞典)

昔と今のフランス語で変化した部分

よく見返していただくと古いフランス語formageとイタリア語formaggioのペアでは「or」というつづりだったのに対して、現代フランス語fromageでは「ro」というように、時の流れの中でひっくり返ってしまいました。

これが業界用語で「音位転換」と呼ばれる現象で、日本語でも「秋葉原:あきはら⇒あきはら」のような例があります。

また、「新」をどう読むか、というケースを見てみましょう。

普通は「あたらしい」という発音で使っていますが、「あらたな年を迎えて抱負を述べる」など、ひっくり返っているパターンを我々は自然に使っています。

いや、本当は「たら」の方がひっくり返っているのです。

古語辞典で確かめましょう。

「あらた・し 【新たし】
(中略)
★参考「あらたし」が中古以後、音変化を起こして(「ら」と「た」とが逆になって)「あたらし」の形が現れ、「あたらし」に統一されていった。」
(学研全訳古語辞典)

「あたら・し 【新し】
(中略)
★語の歴史上代には「あらたし」といったが、中古以降音変化で「あたらし」の形が現れ、「あたら(惜)し」とも混同されて定着した。」(同)

尚、「惜しくも」「残念なことに」の意味で使う「あたら(惜)し」も、例えば「あたら若い命を散らした」といった表現の中で現代に生きています。

先程cavalloという単語が登場しましたが、馬を意味する英語horseは語源をたどると「母音+r」ではなくて「r+母音」でした。

また「3」だとthreeで「r+母音」であるのに、「13」ではthirteenで「母音+r」なのも音位転換であり、「r+母音」の方が元の形です。

筋トレに…

ドイツ語Käseとイタリア語formaggioの文にKasein/caseineという単語が含まれていました。

我が国では普通「カゼイン」という名で語られます。

「カゼイン【(ドイツ)Kasein】 の解説
アミノ酸のほかに燐酸 (りんさん) を含む複合たんぱく質の一種。牛乳たんぱく質の約80パーセント、人乳たんぱく質の約50パーセントを占める。すべてのアミノ酸を含み、栄養上重要。チーズの主原料。接着剤・水性塗料にも利用。乾酪素 (かんらくそ) 。」
(小学館デジタル大辞泉)

「カゼイン」と検索すると、筋トレをしている方に向けたプロテイン製品に関連してこの言葉がたくさんヒットするようです。

英語ではcaseinケイシーンとなりますが、いずれにしても語源をたどればラテン語caseusが待ち構えています。

お読みいただき、ありがとうございました。ではまた。

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