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HELPはビートルズ的な意味だけではないのはご存じの通りですが

それなりの規模の商店では雨が降ってくると、外の見えない売り場で働いている店員のために「降ってきましたよ」の合図となる曲を流します。

店員の方では、お買い上げ品を入れた手提げ紙袋をお客さんに渡す際にビニールのカバーを付けるといった対応をします。

以前ある店舗でそういう場面を見たことがあるのですが、その時の曲が何だったのか、よく思い出せません。

雨に関する曲ということで、『Singin' in the Rain』か、『Rhythm of the Rain』か『Raindrops Keep Fallin' on My Head』か、曖昧です。

(本物ではなくてBGM用に作られたバージョンだったから記憶に残らないのかもしれません)

1つ目の曲は西暦1952年/昭和27年に同名映画でGene Kellyジーン・ケリーが歌ったバージョンが一番有名です。

『Singin' in the Rain (Full Song/Dance - '52) - Gene Kelly - Musical Romantic Comedies - 1950s Movies』
https://www.youtube.com/watch?v=swloMVFALXw

2つ目は西暦1962年/昭和37年にアメリカのバンドthe Cascadesザ・キャスケイズが発表した曲です。

『The CASCADES-Rhythm Of the Rain』
https://www.youtube.com/watch?v=bQstQST1GiM

3つ目は西暦1969年/昭和44年発表のBurt Bacharachバート・バカラック作曲作品です。

『Raindrops Keep Falling on my Head』
https://www.youtube.com/watch?v=sySlY1XKlhM

何の曲だったかを調べようと検索をしていたら、その他の用途の曲も釣れました。

「音楽@バブル世代ど真ん中」というサイトの「イトーヨーカドーの”連絡BGM”の種類と意味を調べてまとめてみた」という記事に、様々な曲が様々な意図で使われていることがまとめられています。

そこにも掲載されている、レジ待ちのお客さんで混雑してきたら応援を要請する合図になるthe Beatlesザ・ビートルズの『Help!』(西暦1965年/昭和40年)。

これも本物ではなく(使ったら使用料が高いんでしょうか)、こんなBGM用音楽が使われているのがYouTubeで確認できます。

『イトーヨーカドー レジ応援BGM 『Help!』』
https://www.youtube.com/watch?v=NqsnoHB4xMk

今回はこれにちなんでhelpという言葉を掘り下げます。

語源と基本義

helpはゲルマン語系統の言葉であり、ドイツ語helfenと親戚関係にあります。

「▲▲に役立つ」という意味合いであることを出発点として、多岐にわたる日本語の訳語を頭の中で整理していきましょう。

「助ける」系

基本

「help a drowning man
おぼれかかっている人を助ける」(同)

「溺死しかかっている人に役立つ」となればこれは「救助」ということになります。

「May [Can] I help you?
(店員などが)何にいたしましょうか;
(道などで)何かお困りですか」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)

「私」が「あなたに役立つ」ことができますか、と尋ねていることになります。これは「お手伝い」や「援助」という日本語に相当します。

「A wheelchair helped her recovery.
車いすが彼女の回復を容易にした」(同)

「車椅子」が「彼女の回復に役立つ」という具合に、人以外のものが主語になることもあります。

何についてアシストするのか

「何をすることについてのお手伝いなのか」は前置詞withの句が表現します。

「I helped him with his work.
彼の仕事を手伝った
This information will help you with your purchase.
この情報はあなたが購入するのに役に立つ」(同)

「何をする」の部分が動詞(不定詞)になることもあります。

「I helped my mother (to) wash the dishes.
母の食器洗いを手伝った
This book helped me (to) see the truth.
この本は事実を知る上で役立った」(同)

『Help!』にも出てきます。

「Help me get my feet back on the ground.
(オレが地に足の着いた状態になるのを手助けしてくれ)」

どこへの移動をアシストするのか

「場」と「移動」に関する前置詞を使った、以下のような言い方があります。

「She helped me to the car.
彼女は車まで私を送ってくれた」(同)

「help a person into a train
人が列車に乗るのを手伝ってやる」
(研究社新英和中辞典)

「She helped the old man across the road.
(彼女はその老人が道路を渡るのを手助けした)」
(ロングマン現代英英辞典)

より抽象的な話にも使えます。

「You helped me through the rough patches.
君は大変な時期を乗り越えるのを助けてくれた」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)

「help a person out of danger
人を危険から救う」
(研究社新英和中辞典)

ちょっとドイツ語helfenの話

英語helpと違う点

helpはまあまあ基本的な、よく使う言葉ですから、helfenも同様にドイツ語学習を始めたら早い段階で出会うことになると思います。

そして必ず、「《▲▲を助ける》の▲▲は3格が使われるから、英語helpと違って▲▲を主語にした受動態は作れない」という説明を受けます。

(▲▲は3格目的語のまま、形式主語を立てて受動態にする方法で「▲▲が助けられる」という文にします)

「3格」あるいは「与格」は、乱暴に言って「~に」に当たる格です。

「Ich【habe】《ihnen》bei der Reparatur des Wagens【geholfen】.
I【helped】《them》with the repair of the car.
(私は《彼らに》、その車の修理の際に【助力した】)」
(Wiktionary;カッコ類は引用者が付けた。以降同様)

このihnenが3人称複数代名詞の3格/与格の形です。

与格に対して、ざっくりと「~を」に当たるのが「対格」ですが、英語の「目的格」は与格も対格も合わさっています。

英語helpは助けられる人を主語にした受動態、例えば「He was helped by ~」などが普通に作れるので、目的語が対格扱いになっていると考えられます。

英語の歴史をさかのぼってみると

ところが、helpがhelpanという形だった昔、「される相手」は「与格」あるいは「属格」の形を採っていたので、「与格」であれば現代ドイツ語helfenと同じであることになります。

(属格は、現代英語の所有格とかofの句で言えそうな格)

以下の例文はどちらも、上段が西暦11世紀の文、下段が現代英語訳です。

「God【helpe】《mīnum handum》.
God【help】《my hands》.」

「God《ūre》【helpe】.
God【help】《us》.」

どちらも「ゴッドが▲▲をhelpされんことを」という祈願文です。

1例目のhandumは与格であり、もしも対格であったならhandaであるはずです。

2例目のūreは属格であり、対格はūsやūsicとなります。

(与格を使った場合と属格を使った場合に違いがあるのかは分かりません。また、歴史上ドイツ語で属格を使うことがあったのかどうかも、私が見た資料では分かりませんでした)

+++《令和6年4月10日追記》+++++++

その後、『英語の歴史から考える英文法の「なぜ」』(朝尾幸次郎著、大修館書店)という本の中に関連する記述を見つけましたので、引用しておきます。

「属格を従えたのは「(…の)援助者となる」、与格を従えたのは「(…に)助けになる」というのがその原義だったからです。属格を目的語に従える用法はその後、廃れました。そして、対格と与格は融合したことからhelpの目的語が与格であったことは見えにくくなりました。しかし、この形容詞helpfulがhelpful to me(私に役立つ)のように前置詞toをともなうところに与格のなごりを見ることができます。」

+++《追記終了》++++++++++++++

というわけで元々英語も「~に」だったので、この投稿では「▲▲役立つ」というように「に」を使った日本語を採用しています。

飲食物の話題で出てくるhelp

何かを得るにあたって「▲▲に役立つ」…と捉えます。

特に飲食物であること多いようで、その「向い先」を表す前置詞はtoです。

「Can I help you to some more salad?
もう少しサラダをいかが」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)

「She helped me to some wine.
彼女は私にぶどう酒をついでくれた」
(研究社新英和中辞典)

この用法で目的語が再帰代名詞であると自分でその飲食物を得るわけで、それが「ご自由に~~」系の和訳で紹介される英文になります。

「Please help yourself to a drink.
ご自由にお飲み物をお飲みください」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)

この意味のhelpから派生して、helpingを名詞として使う時に(「手助け」以外に)「食べ物の一杯/一人前」という用法が生まれました。

「He ate [had] three helpings of pie.
彼はパイを 3 人前食べた」
(研究社新英和中辞典)

この使い方はフランス語の動詞servirセルヴィル(英語のserveと同源)の影響を受けたものだそうです。

「Je vais vous servir de ce plat.
この料理を取ってあげましょう」
(小学館プログレッシブ仏和辞典)

「Servez-vous de pain.
(パンをご自由に取ってください)」
(Wiktionary)

尚、飲食物以外の例もあります。

「Just help yourself to leaflets.
(ご自由にチラシをお持ちください)」
(Collins)

「If you want to take a shower, help yourself to towels; they're in the linen closet.
(シャワーを浴びたいのなら、タオルはご自由にお使いください。タオル用戸棚に入っています)」
(Wiktionary)

「自由に取っていい」は決して「自由に盗っていい」ということにはならないはずですが、to steal somethingという意味で使われることもあります。

「Obviously he had been helping himself to the money.
(明らかに彼はその時まで、その金を盗み続けてきていた)」
(ロングマン現代英英辞典)

「せざるを得ない」と言う時に、なんでhelpを使うのか

「改善する」

「▲▲を良い状況にする」も「▲▲に役立つ」のバリエーションと言えます。

「A fresh coat of paint will help the appearance of the room.
ペンキを塗りかえれば部屋の見ばえがよくなるであろう
Honey will help your cough.
はちみつはせきにきく」
(研究社新英和中辞典)

「避ける」「妨げる」

「望ましくないことを避ける/妨げる」のは「良い状況にする」と相通ずるところがあると思います。

それを否定の文脈で、つまり「避けられない」「妨げられない」として使うのが以下の例文です。

「I did it because I couldn't help it.
それよりほかに仕方がなかったのでそうしたのだ」
(研究社新英和中辞典)

「I can't help it (that) he doesn't like me.
彼が私を嫌うのはどうしようもない」
(大修館書店ジーニアス英和大辞典)

これを受動態で使うとこうなります。

「That [It] can't be helped.
それはやむをえない」
(研究社新英和中辞典)

「他人がどうこうすることを避ける/妨げることはできない」と言いたければ、「他人」を目的格か所有格で、「どうこうする」をing形で並べます。

「We couldn't【help】《him [his]》seeing us.
彼に見られるのは仕方がなかった」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)

「他人」ではなく、「自分」だったら?

再帰代名詞を使って「自制できない」をこんな風に言えます。

「She’s trying not to smile, but she can’t【help】《herself》.
(彼女は微笑まないように努めているが、我慢できない)」
(Wiktionary)

「どうこうする」を付け加えるならば再帰代名詞は無しで、①helpの後にすぐing形とするか②helpの後にbutと動詞原形をつなげます。

「I couldn't【help】《∅》laughing.
I couldn't help but laugh.
笑わずにはいられなかった」
(研究社新英和中辞典)

「I can't【help】《∅》wondering how he's feeling.
彼がどう感じているか考えずにはいられない
She couldn't help but admire his courage.
彼女は彼の勇気を称えずにはいられなかった」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)

いずれも、laugh/wonder/admireするのは主語であるI/sheです。

尚、否定の文脈にするためには主語が否定語であるパターンもありえますから、見た目上can/couldにnotが接続していません。

「No one can help laughing when he comes on stage.
(彼が登場するとき、誰もが笑わざるを得ない)」
(Wiktionary)

『Can't Help Falling in Love』は西暦1961年/昭和36年のElvis Presleyエルヴィス・プレスリーの曲であることはご存じの通りですが、元ネタがあるそうですよ。

「ジャン・ポール・マルティーニの歌曲「愛の喜びは(Plaisir d'Amour)」のメロディを元に作曲された」
ウィキペディア

そちらを聴いてみましたが、原曲だとはなかなか気づけないと思います。

『Nana Mouskouri - Plaisir d'amour (1971)』
https://www.youtube.com/watch?v=7FAV2PrrRUs

尚、「近鉄特急で大阪阿部野橋駅に到着する際の車内チャイムに利用されている」(ウィキペディア)とのことです。

『近鉄特急車内メロディー 大阪阿部野橋駅(F01)「愛の喜び」』
https://www.youtube.com/watch?v=5RUCaklT-_s

オマケ

ドイツ語helfenで、3格の再帰代名詞と組み合わせて似たようなことを言う表現があるようです。

「Ich kann《mir》nicht【helfen】, [aber] ich muss lachen.
私は笑わずにはいられない」
(小学館プログレッシブ独和辞典)

mirが主語ichと同一人物であることを示している再帰代名詞です。

また、フランス語ではズバリ「妨げる」を意味する動詞を、やはり再帰代名詞と組み合わせた表現があります。「自分が~するのを妨げることができない⇒~せずにはいられない」という寸法です。

「Je n'ai pas pu《m'》【empêcher】de rire.
私は笑わずにはいられなかった」
(小学館プログレッシブ仏和辞典)

もう1つオマケとして、restrain(抑える、抑止する)を使った英語表現もご紹介。

「She could not【restrain】《herself》from laughing.
彼女はどうしても笑わずにはいられなかった」
(研究社新英和中辞典)

saveとの違い

「助ける」という日本語を守備範囲とするhelpとsave。その違いについて確認しておきましょう。

「helpは救出行動よりも助けを与えることに重点をおく」(研究社新英和中辞典)のに対して、saveは「安全確保に力点が」(小学館プログレッシブ英和中辞典)置かれるそうです。

別物なので、1つの文の中に近接して使われることもあります。

イギリスの歌手Ozzy Osbourneオジー・オズボーン(「オ」を強く読みます)の西暦1981年/昭和56年作品『Diary of a Madman』の一節です。

「Can I ask a question to【help《me〔save me from myself〕》】?
(【《私が〔私自身から私を救う〕》助けとなる】ように質問をしていいか?)」

余談

ピアノでは一般的に1オクターヴを12等分した音高を出す鍵盤が用意されていて、1つのキーと隣のキーは「半音」間隔となっており、それより狭い間隔は出せません。

一方ギターの絃は、押さえつつずらして張力を増すことで出てくる音を高くできるので、奏者の力加減で半音よりも狭い間隔を無段階に得ることが可能です。

この曲のギター・ソロの最後の音は高さがちょっと、半音以下の狭さで上ずっているように聞こえます。

そのちょっと外れた感じを使ってmadman的なニュアンスを出すことを、弾き手であるRandy Rhoadsランディ・ロウズは狙ったのではないかと推測します。

『Ozzy Osbourne - Diary of a Madman (Official Audio)』
https://www.youtube.com/watch?v=YwWVE84OEIA

お読みいただき、ありがとうございました。ではまた。

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