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オオセンチコガネ〜宝石は糞の下に〜(京の昆虫日記vol.1)

糞の下の宝石

4月下旬。
桜が散り、藤の花が見頃を迎える奈良公園では、たくさんのシカがのんびりと芝生や林の中を歩いている様子が見られます。

そして、足下には…これまたたくさんのシカの落とし物が。
当然ですが、シカも生き物ですから毎日糞をします。その量は、1頭1日あたりで700g〜1kgと言われます。
2021年の調査では奈良公園のシカの頭数は1,105頭とされていますから、単純計算で毎日1tものシカ糞がこの世に生まれ落ちている事になります。

ですから、観光客は美しい建造物や木々、草花を見ながらも、出来る限りシカの糞を踏まないように、目線を上下忙しく配っています。

そんな、厄介者扱いのシカの糞ですが、少し注意深く見てみると思わぬ発見があります。
糞の周りで碧くキラリと光る何かが歩いているのです。
その輝きは暗い林の中でも、遠くから見てはっきりと分かります。ベタな例えですが、まるで宝石のようです。

糞虫・オオセンチコガネ

シカの糞に来たオオセンチコガネ

この宝石の正体は、オオセンチコガネと言います。
オオセンチコガネはその名の通りコガネムシの仲間です。
そのコガネムシの中でも特に、動物の糞を食べて暮らす種類をまとめて糞虫(フンチュウ)と呼びます。
かのファーブルが熱心に観察したスカラベ(フンコロガシ)もこの糞虫の仲間です。
日本には約160種の糞虫が分布しているとされていますが、その中でも特に美しいのが、このオオセンチコガネです。

オオセンチコガネは北は北海道、南は鹿児島県の屋久島(亜種ヤクルリセンチコガネ)まで広く分布しています。
本州では、やや自然度の高い地域に生息していることが多く、市街地で見掛けることは多くありません。
しかし、奈良公園は市街地にありながら、オオセンチコガネが多数生息しています。このような場所は、日本中探しても案外見つかりません。

奈良公園は市街地にありながら、シカを含めた公園内の林野、そして背後に構える春日山原始林が長年保全されてきたことで、オオセンチコガネが生息できる環境が残ったのでしょう。

オオセンチコガネの生態

そんなオオセンチコガネはどのような暮らしをしているのでしょうか。
一番の特徴は、なんと言っても糞を食べることです。

糞を食べながら交尾するオオセンチコガネ

「糞に栄養などあるのかしら?」
と思われるかもしれませんが、シカの糞の断面をよく見ると、未消化の植物の繊維が沢山含まれています。意外に栄養があるのです。
一番好むのは少し形を留めつつ、塊になって落ちているような糞です。逆にベチャッとした糞にはあまりやって来ません。

糞にやって来たオオセンチコガネは、糞を食べるだけでは無く、様々な行動を見せてくれます。
さらに、じっくり見ていると、糞の1粒や1欠片を削り取り、持ち去る個体が見られることがあります。

糞を持ってどこへ?

巣穴から顔を出して糞を食べるオオセンチコガネのペア

さらに観察するべく糞をひっくり返すと、指一本程の太さの穴が空いていることがあります。実はこれ、オオセンチコガネの巣穴です。
この巣穴で、オオセンチコガネは自分が分を食べるのは勿論、もう1つ重要な事をしています。
それは、産まれてくる幼虫のための餌集めです。

謎に包まれた地下での成長

かの有名なフランスの昆虫学者であるファーブルがスカラベ(フンコロガシ)を例に観察した通り、同じ糞虫であるオオセンチコガネも生まれてくる幼虫のために糞をせっせと地中に埋めていくのです。

しかし、その様子は長きにわたり謎に包まれていました。
最近になって何名かの愛好家によって少しずつ謎が解き明かされています。
特に『たくさんのふしぎ』2022年6月号(福音館書店)では、オオセンチコガネの産卵〜羽化に関する貴重な実験例が、精密な絵とともに紹介されています。

こちら、かなりオススメです。
半年ほど前の号なので入手が難しいかも知れませんが、見つけたらぜひご一読ください。

ご当地モノのオオセンチコガネ

このオオセンチコガネ、実は私のような昆虫愛好家にはとても人気の虫なのです。
その理由の一つとして地域によって色が異なること、いわゆる「地域変異」があります。
全国的に多いのは赤銅色のものです。

赤いオオセンチコガネ(東京都)

一方、関西では瑠璃色の「ルリセンチコガネ」、そして緑色の「ミドリセンチコガネ」を見ることができます。

糞に飛来したルリセンチコガネ(奈良県)

ルリセンチコガネは、主に紀伊半島、そして奈良県辺りで見ることができます。場所にもよるのですが、真に瑠璃色の個体のほか、緑っぽい個体が混じる場所もあります。愛好家の話を聞くに先述の奈良公園では、その傾向があるようです。

トラップに飛来したミドリセンチコガネ(滋賀県)

一方のミドリセンチコガネですが、京都府東部、滋賀県湖南~湖東地域、及び三重県の一部が主な分布域です。このエリアでは主に黄緑~緑色の個体のほか、瑠璃色や赤色が混じった個体も見られます。
そのほか、北海道や九州の一部でも、緑色をしたオオセンチコガネがいるそうですが、私はまだ現地で観察したことはありません。

昆虫専門店むし社から出版されている「日本のオオセンチコガネ」では、全国のオオセンチコガネの色彩変異をこれでもか!と見ることができます。
オススメの1冊です。

春になったら探してみよう!

いかがでしょうか。
オオセンチコガネの魅力、伝わっていたら嬉しいです。
オオセンチコガネは早い場所だと3月下旬には活動を開始します。
標高などにもよるのですが、関西地方では4月末~ゴールデンウイーク辺りには繁殖の最盛期に入るので、その時期に野生動物の糞を見つけたら、そっと覗いてみてください。宝石のようなオオセンチコガネに出会えるかもしれません。

ただし!注意点が2つ。
野生・家畜を問わず動物の糞にはさまざまな寄生虫や病原菌がいるものです。使い捨てのゴム手袋、糞を掘る割りばしやスコップ、その場で手や道具を洗うための水、除菌シートは必ずご用意ください。
また、今回撮影を行った奈良公園周辺ではオオセンチコガネ(ルリセンチコガネ)の採集が禁じられています。
そのほか、法律で定められた規制のある場所での採集や疑わしい行為も厳に慎むようにお願いをして、〆たいと思います。


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