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〈第十一回〉犬の看板探訪記|栃木犬編|太田靖久

 十一回目の探訪は栃木犬編だ。2024年2月現在、栃木県には25の市町が存在する。今回は日程と同行者を変えて電車と車の二回にわけて探索した。連載を重ねる中でどうしても既出の【フリ素系】が多くなり、各看板の分析や説明が簡素になってきているため、たくさんの市町を訪ねることで初出の看板や【オリジナル系】を発見する確率をあげたいという思惑があった。

栃木犬マップ(赤=今回紹介する看板の場所)

 以前に栃木県内で撮影した看板の一部を先に紹介する。栃木市、野木町、小山市、足利市である。

 別途、栃木県内には「栃木県動物愛護指導センター」名義の看板も多数設置されている。

  このセンターは「動物とのふれあいを通して動物愛護精神の普及啓発を行い、人と動物の共生する地域社会の形成を目指すことを目的にしている」とのことで、所在地は宇都宮市だ。
 およそ6年前の2018年3月にその宇都宮市を探訪したことがあった。当時発見した看板がこちらである。【公募系】とおぼしき絵柄であり、この犬を【牧歌犬】と名付けることにする。

 撮影場所の詳細な記録データはないが、たしか宇都宮駅の西口側にある田川沿いの手すりに設置されており、ほぼ等間隔で同デザインの看板が並んでいたはずだ。写真の背景に川があることからも記憶はおおよそ間違いないと推測できるが、現在どうなっているのだろうかと気になった。
 今回栃木県を探訪するに際し、<福岡犬>の【プンスカ犬】にならって【牧歌犬】の現存の有無を検証することにした。そのため【牧歌犬】の捜索も計画に入れつつ、青春18きっぷを活用した電車でのルート作成を行った。
 
 12月某日、朝7時30分に後輩Nくんと都内で合流。宇都宮線に1時間ほど乗車して自治医大駅で下車。ここは下野市である。東口を出て左に折れる。閑静な住宅が広がっており、掲示物がひかえめで「犬の看板」の気配はまったくない。こういった時は目標を公園に定めるのが無難であるため、近くの「祇園原公園」を目指す。ここで見つからない場合は厳しい状況になるかもしれないと嫌な予感がしたが、公園入口で【フリ素系】を発見。無表情な飼い主の雰囲気に加え、【DOGモ】のくわえているビニール袋が重そうで何やらミステリーの導入を予感させるデザインだ。 

  つづいてひと駅隣の石橋駅へ。ここは上三川町である。交差点の柱に【フリ素系】の看板がくくりつけられていた。何度も目にしてきたデザインではあるものの、フンの色が緑であることに初めて意識が向いた。 

 駅に戻る途中で二枚目を見つけた。なじみのスター犬たちだ。

 石橋駅へ引き返す。宇都宮駅でJR日光線に乗り換えて今市駅へ。「日光ランドマーク」の看板と屋上観覧車が目立つ。終点の日光駅を避けたのは観光地には看板が設置されていないのではないかと懸念したためだ。ここで無事発見できた場合は昼食にしようとNくんと相談していた中、カラフルな看板に遭遇した。

 おどけた表情の【DOGモ】である。【オリジナル系】だろう。これで気分良く休憩に入ることができた。レトロな雰囲気の「佐藤食堂」ののれんをくぐり、600円の親子丼を注文。ほうれん草のおひたしと漬物としじみのみそ汁付きで美味だった。
 今市駅から鹿沼駅へ。こちらは鹿沼市だ。駅前のロータリーに松尾芭蕉の木像がたたずんでいる。一枚目のラミネートの看板には犬の代わりに市のマスコット「ベリーちゃん」が描かれていた。いちごをモチーフにしたキャラクターらしく、その色味の影響だろうか、二枚目の【フリ素系】の看板はうっすらピンクがかっていた。

 鹿沼駅を出て宇都宮駅で乗り換え、JR宇都宮線で氏家駅へ。ここはさくら市だ。駅舎の壁面いっぱいに桜の花が描かれていて華やかである。線路沿いを歩きながら小さな公園に行くと【フリ素系】が二枚見つかった。

 この公園には別名義の看板もあった。さくら市は氏家町と喜連川町が合併したことで2005年に誕生した市であるが、その旧名の氏家町の看板が残っていた。

 ひと駅先の宝積寺駅へ。ここは高根沢町である。ここではさくら市と同じ組み合わせの【フリ素系】があった。

 ここまで取りこぼしもなく十分な成果があった。いよいよ本命の宇都宮市に向かい、【牧歌犬】を探すことにした。宇都宮駅西口のペデストリアンデッキの階段を降りて「餃子館西口駅前中央店」の横を抜ける。この店は朝6時30分からオープンしていてモーニング餃子が食べられるため、旅の途中に立ち寄ったことは今まで何度もあった。
 じきに川に出た。ざっと眺めたところ、手すりに設置されていた看板がほぼ消えているようで不安になる。目当ての看板は左岸だったのか右岸だったのか曖昧なまま、川の流れに沿う形で左岸を進む。視線を感じて左手に視線をやった時、カラフルな【DOGモ】たちと目があった。犬の顔をデフォルメした大胆なデザインであり、カラーバリエーションがあるのもユニークだ。

 先を行くNくんが手すりからずり落ちている看板を見つけた。色飛びして白くなってはいるが、デザインはあの看板に間違いない。撮影して写真を比較する。背景の建物が異なっており、場所が違うことがわかる。

 簗瀬橋を渡って今度は反対側を歩く。引き返すような格好になり、駅の方にだいぶ近づいたころだった。再び看板を発見して撮影。現在と過去の写真を一緒に並べてみるとはっきりするだろう。

 山の向こうの太陽だけでなく、肝心の【牧歌犬】がステッカーによって隠されてしまってはいるが、看板の後ろにある複数の建物の姿形により、まったく同じ場所だと特定できる。
 6年ぶりの再会は少し悲しい結末ではあったものの、時が経ったことを実感できて感慨深くもあった。川の流れと同様、すべては諸行無常なのである。
 
 それからおよそ二か月後だ。二回目は編集Sくんの運転による車での探訪だ。2024年3月某日の朝6時に都内で合流し、高速道路に乗って北を目指す。今回は主に栃木県の東側を制覇するのが目標だ。
 途中で軽く渋滞があったものの、朝8時には佐野サービスエリアに到着。フードコートで佐野ラーメンをすする。もちもちした麺は歯ごたえがあり、シナチクが太くておいしい。
 佐野市のブランドキャラクター「さのまる」の像がたたずむ建物の入口近くに飼い主に連れられた犬がたくさんいて、水を飲んだり、寝転んだりしている。威勢よく歩くトイ・プードルを目で追うと、その先にドッグランがあった。

  フェンスの向こうで数匹の犬たちがたわむれている。幸先の良いスタートといえるだろう。車に戻って再出発。矢板インターチェンジで下道に降りる。適当な駐車場に車を停めて散策。「わかしょ文庫さんとの東京探訪を経験して、たくさん歩くのはいいなと改めて思いました」とSくんが前回の感想を述べる中、早々に【フリ素系】を二枚発見した。

 つづいて大田原市へ。一枚目は【フリ素系】であり、その同じ【DOGモ】を入れ込んだデザインの看板もあった。この二枚目の看板にはご当地キャラクターの「与一くん」も登場している。源平屋島の戦いで扇の的を射落としたといわれる弓の名手・那須与一宗隆がモデルである。

 「健康は自分に贈る事のできる最高のプレゼント」と掲げられたアーケード看板が目立つ美原公園の駐車場に車を入れる。ここに三枚目があった。ワン・ツー・スリーと思わず声を出しそうになる大中小の【DOGモ】たちが整列している。ここにも与一くんがいた。

 四枚目はジョギングコースのそばにあった。のっそりとした大型の【DOGモ】と太い眉毛の飼い主の組み合わせが良い。

 那珂川町を目指す。県道52号から国道294号へ。「まほろばの湯」と記された案内がいくつもある。「温泉いいですよね」と、ゲーテの『ファウスト』に出てくる悪魔のようにSくんがささやく。ここで温泉に入れたらどれだけ気持ちいいだろうかと思いを巡らせながら、今ここにいる理由を自らに強く言い聞かせ、その誘惑から逃れた。
 那珂川沿いに駐車場があった。川辺の広場でご年配の方々がグランドゴルフに興じている。その横に【フリ素系】を発見。

 広場の近くに小さな売店があり、地元産のくだものや野菜などが売っていた。製造者の個人名が示されたおまんじゅうもあって、Sくんが買ってひとつわけてくれた。
 再び国道294号を走る。那須烏山市に入った。車を降りて「中央公園」で看板を探していたところ、地元の方に話しかけられた。雑談を交わす中、「山あげ会館」と「龍門の滝」を紹介されたため、両方とも行ってみることにする。那須烏山市にはバイクメーカーのカワサキの工場があったらしく、山あげ会館には関連する展示やグッズの販売もあった。龍門の滝は比較的小ぶりではあるものの、癒されるものがあった。
 軽く観光もしつつ看板を探したが、残念ながら市名義のものはなく、栃木県動物愛護指導センター名義が二種類見つかった。二枚目の方は絵柄が消えかかってはいるが、【オリジナル系】のようだ。

 さらに国道294号を南下して茂木町に向かう。未完成に終わった長倉線の遺構がある町とのこと。一枚目は【フリ素系】だ。

  二枚目は長倉線の案内看板のそばにあった。【オリジナル系】とおぼしき【DOGモ】だ。こんなに愉快な犬が警句の看板の向こうからふいに顔を出したら思わず笑ってしまうだろう。 

 次は市貝町だ。役場を目的地に設定。隣接する「さわやか広場」で汚れた【フリ素系】を発見した。

 芳賀町に移動。公園の看板にはシルエット型の犬がいた。栃木県ではグラウンドゴルフが盛んなのだろうか。

 二枚目は【フリ素系】だ。しっぽが揺れていると上機嫌に見える。

 益子焼で知られる益子町に向かう途中、気になる看板を発見。「かざぐるま」という喫茶店だった。入店してミートソースを注文。茹で置きのやわらかいパスタがいかにも喫茶店のスパゲッティという感じで楽しくて美味しい。
 益子町では、てれている【フリ素系】を見つけた。

 いよいよ今回の探訪の最後の地である。真岡市は看板自体の数は多く、いろいろなところに設置されてはいるが、文字情報だけで肝心の犬がいないものばかりだった。

 この二枚目の方の看板は「犬のフン」の茶色い文字が厚く塗られており、実物のフンの形状にフォントを寄せている感じがする。
 三枚目はラミネートだ。素朴なデザインが良い。

 四枚目は青いデニムのサロペットを着た【DOGモ】だ。

 看板が派手に割れてしまっているのが惜しく、同じものがないかと公園から公園へと探索をくり返した。ようやく見つけたと歓喜したとき、少し様子が違うことに気づいた。
 大口を開けながら「GOMI」と書かれた袋を持っている点などは同じであるが、洋服の色は赤であり、文言から「犬のフン」の文字が欠落している。

 青いデニムの犬に会いたいのになかなか見つからない。何度も落胆してあきらめかけていた時、ようやく遭遇できた。

 全体の色がくすんでしまっているため、服の色が青からネイビーに代わってはいるが、同じ【DOGモ】である。誇らしげな表情がとても良い。
 この看板を見つけられたことで終わりを納得できた。軽い打ち上げをしようと、すぐ近くの「自家焙煎 真岡珈琲 ソワカフェ」に行った。店内は適度にうす暗く、山小屋にでも迷い込んだような非日常的雰囲気だ。薪ストーブがあって温かい。たき火が好きなため、火の動きに見とれてしまう。店主から丁寧な説明を受けてコーヒーを注文した。焼き菓子もいろいろと並んでいる。椅子に深く座り込むと、力が抜けて眠ってしまいそうなほど心地よい。
 この連載も次の第十二回を残すのみであり、Sくんと遠征するのは今回で最後になるのかもしれない。彼の運転で様々な場所に行き、たくさんの犬たちと出会うことができた。
 「この栃木県で関東の一都六県をすべて回った形になりますね」とSくん。
コーヒーを飲みながら最終回の構想を話し合ううちに、外はすでに夜になっていた。


著者:太田靖久(おおた・やすひさ)
小説家。2010年「ののの」で第42回新潮新人賞受賞。電子書籍『サマートリップ 他二編』(集英社)、著書『ののの』(書肆汽水域)、『犬たちの状態』(金川晋吾との共著/フィルムアート社)、『ふたりのアフタースクール』(友田とんとの共著/双子のライオン堂出版部)など。そのほか、文芸ZINE『ODD ZINE』の編集、様々な書店でのイベントや企画展示、「ブックマート川太郎」の屋号でオリジナルグッズ等の制作や出店も行っている。無類の犬好き。


初出用語集
【牧歌犬】
牧歌的なDOGモ。宇都宮市の川沿いで出会う。

◻︎おすすめスポット(編集S)◻︎
元祖鮎もなかの和菓子屋(那須烏山市)
那須烏山市を歩いていると、商店街で目についたのが「元祖鮎もなか」の和菓子屋さん。最中皮で型どられた鮎の頭からしっぽまでぎっしりとあんこが詰まっており、なかなかのボリュームです。鮎最中を手にふらふらと歩いていると、地元の方が那須烏山について色々と教えてくれました。思えば、いつもほぼ前情報なしの探訪なので、地域の情報に触れたときの嬉しさはひとしお。犬の看板探訪の大きな副産物です。その後の真岡市でも素晴らしい出会いがありました。


連載について
犬を愛する小説家・太田靖久さんのライフワークである「犬の看板」探訪を全12回にわたってお届けします。
公開日時は毎月30日18時。次回最終回もお楽しみに!

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