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童話 小さな勇者

 今日はクリスマスイブです。外は冷えこんでいて、雪が降りそうです。明日はホワイトクリスマスかもしれません。
 オリヴァーは寒い寒い言いながら、暖かいベッドの中にもぐりこみました。そばにはお母さんがいて、ベッドに靴下をぶら下げてくれました。
「ところでオリヴァーは、サンタさんにどんなプレゼントをお願いしたの」
お母さんは、にこにこしながら聞きました。
「うんとねえ、プレゼントっていうより、ボクお願いしたんだあ」
「それはどんなお願いなの?」
オリヴァーは、にっこりほほえむと、こう言いました。
「ボク勇者になって冒険がしたい!って、お願いしたの。サンタさん、お願い聞いてくれるかなあ?」
「そうなの……」
お母さんは、ちょっと困った顔をしましたが、また笑顔にもどって、
「きっと聞いてくれるといいわね。さあ、もう寝ないとね」
そう言って、オリヴァーを寝かしつけました。オリヴァーは、すぐにベッドの中で眠りにつきました。

 それから何時間たったでしょうか、オリヴァーはふと目を覚めましました。夜のはずなのに外はまだ日が辺りを照らしています。
「あれ、もう朝なのかなあ?」
オリヴァーは起きると、靴下の中のプレゼントを見ようとしました。しかしどうでしょう。昨日お母さんがぶら下げてくれた靴下がありません。
「靴下どこいったんだろう……」
オリヴァーは不思議に思って、下の部屋へと降りていきました。
 するとそこには、揺り椅子に腰かけて、編み物をしているお母さんがいました。
「あら、オリヴァー起きたのね。今、クリスマスにぶら下げる大きな靴下を編んでいるところよ」
見ると、お母さんの手には編みかけの大きな赤い靴下があります。
「ぶら下げるって、お母さん、昨日ベッドに靴下ぶら下げてたでしょ」
「何を言ってるの、オリヴァー。今日はまだ17日よ。クリスマスイブでもないのに、ぶら下げるわけないじゃない」
「え?」
オリヴァーはびっくりしました。昨日は確かクリスマスイブだと思ったのに……。しかしお母さんは17日だと言います。変だとは思いましたが、オリヴァーは信じることにしました。それにしてもと、オリヴァーは思います。その編みかけの赤い靴下は、子供が一人入ってしまうぐらいとてつもなく大きいものでした。
「お母さん、その靴下ずいぶん大きいんだね」
「そうよ、その方がプレゼントがいっぱい入るでしょ。がんばって編むから待っててね」
にこにこ言うお母さんに、オリヴァーも、うんと一つうなずきました。

 そしてそのお母さんのそばには、これまた大きな赤い毛糸玉がありました。大きな靴下を作るには、それなりの大きな毛糸玉も必要でした。

 毛糸玉もまるで大きなボールみたい。オリヴァーがそんなことを思ったとたん、事件が起こりました。その大きな毛糸玉が何かにぶつかり、ころころ転がり出したのです。
 あわてて、お母さんは毛糸玉を拾おうとしましたが、かえって毛糸玉は勢いをつけて転がって行きます。
「オリヴァー、お願い、その毛糸玉をつかまえて!」
お母さんが叫び、オリヴァーは毛糸玉を追っかけ出しました。
 
 ゴロゴロッ、ゴロゴロッ、毛糸玉は本当にボールのように家の中を転がり、玄関の扉の辺りまで転がって行きました。
『よしっ! あそこの扉で、毛糸玉はぶつかって止まるはず!』
オリヴァーはそう考えましたが、とたんに玄関の扉が開きました。
 
 扉が開くのと同時に毛糸玉は外へと転がって行ってしまいました。扉を開けたのは、早めに仕事を終えたお父さんでした。
「どうしたんだ、オリヴァー」
「今話してる暇ないから」
 オリヴァーはすぐさま、外に出ると毛糸玉を追っかけました。近くの丘を抜け、草原を抜け、とある森の前まで毛糸玉は転がって行きましたが、それでも毛糸玉は止まりません。気がつくと、日は沈み始めて暗くなってきました。
 フクロウが鳴き、オリヴァーは、びっくりして跳び上がりましたが、勇気を奮って、毛糸玉の探索を続けました。暗闇の森を抜けると、目の前に洞窟が見えてきました。洞窟の前では、おびえた様子のウサギやリスといった森の動物達が集まっていました。
「いったいどうしたんだい?」
オリヴァーが聞くと、ウサギが答えました。
「この洞窟の中は、ボクらのねぐらなんだ。でも今この中には赤い大きなドラゴンが棲みついてしまって、ボクらほんとに困っているんだ」

 見ると、転がってほどけた毛糸玉の毛糸がずっと洞窟の中に続いていくのが見えました。オリヴァーも困ったように眉根を寄せました。
「きみは、見たところ人間だろ」
ウサギは、オリヴァーを見ながらそう言いました。
「うん、そうだけど」
「人間には勇者っていうものがいるんだろ。勇者はドラゴンを倒したりするらしいから、ちょっと倒してきてくれないかな」
ウサギがそう言うと、他の動物達もざわめき出しました。
「どうやら、この子は勇者らしい」
「勇者って強いんだろ」
「ドラゴンも平気なんじゃないか」
 気がつくと、動物達はオリヴァーを勇者だと言い始め、きっと助けてくれると信じ始めました。
困ったのはオリヴァーでした。
『ボク、勇者でもないし、本物のドラゴンの前に行ったら気絶しちゃうかも……』
オリヴァーはおびえた動物達と同様におびえました。しかししばらくすると、オリヴァーは思い出しました。
『そう言えば、ボク。サンタさんに、お願いしたんだっけ。勇者になって冒険がしたい!って……』
 よく考えたら、そうだなあと思ったオリヴァーは、少し青ざめました。オリヴァーは迷いましたが、勇気を奮って動物達に言いました。
「ボクは毛糸玉を取りに行かないといけないんだ。ドラゴンを倒せるかどうか分からないけれど、ともかく行ってみるよ、洞窟の中に」
「おお! 行ってきてくれるか」
「ほんとに助かるわ!」
「がんばれ! 勇者!」
オリヴァーは、動物達の応援をうけながら、洞窟の中へと入っていきました。
 ほどけた赤い毛糸玉を追って、オリヴァーはゆっくり歩いて行きました。洞窟の中は真っ暗で、右も左も分かりません。でもオリヴァーはまっすぐ伸びている毛糸玉を手にとり、前へと進むことができました。

 と、突然、真っ赤な炎が目の前に飛びこんで来ました。あわてて、その炎をよけると、オリヴァーの前には大きな大きな赤いドラゴンがいました。
「おまえはどうやら人間のようだな」
ドラゴンのどらのような声が響き、オリヴァーはごくりとつばをのみこみました。
「そうだ、ボクは人間だ。あなたは森の動物達のねぐらを横取りしている。ただちに出て行ってください」
ドラゴンはけたたましい笑い声を響かせると、こう言いました。
「オレに出て行けと? 人間の分際で生意気な。そんなに言うなら、オレを倒してみろ!」
言うなり、ドラゴンはまた真っ赤な炎を吐き出しました。
「あちっ、あちちちっ!」
オリヴァーは炎をなんとかよけましたが、髪の毛が少し焼けてしまいました。
『駄目だっ。頼んでも効果なしだもん。倒すって言ったって、どう倒すんだよ。こんな大きなドラゴンを!』
 オリヴァーは、泣きそうになりながらも、ある物に気づきました。

 ドラゴンのしっぽの辺りに、あの赤い毛糸玉が見えたのです。
『ボクはどう見ても、ドラゴンを倒せないけど、せめてお母さんの毛糸玉ぐらいは持って帰らなくちゃ!』

 オリヴァーは、すばやく動くと、ドラゴンの後ろ側へとまわりこみました。しっぽの先っぽに赤い毛糸玉がついています。オリヴァーは、しっぽに跳びつくと、ぐいっとその毛糸玉を引っ張りました。

 するとどうでしょう。大変なことが起こりました。毛糸を引っ張るのと同時に、ドラゴンの巨大な体がどんどん小さくなっていくのです。オリヴァーが、毛糸を巻き取れば巻き取るほど、ドラゴンの体が消えて行きます。最初はしっぽが、次は足が、大きな腹が、鋭いかぎ爪が、あっというまに消え失せ、気がつけば、オリヴァーの前には巨大なドラゴンの姿はありませんでした。その代わり、赤い毛糸がとぐろを巻いていました。どうやらドラゴンは赤い毛糸で、できていたようでした。オリヴァーは、大きな毛糸玉を抱きしめると、動物達の待っている洞窟の外へと歩いて行きました。

「おお!戻ってきたぞ」
「どうだった?!」
動物達に言い寄られ、オリヴァーは、ドラゴンを倒したことを伝えました。
 すると動物たちは声をそろえて言いました。
「ありがとう、勇者よ!」
それからかれらは、お礼をしたいと言いましたが、オリヴァーはすぐに家に帰りたいと言って、かれらと別れました。

 オリヴァーはとてもいい気持ちでした。
「ふふっ、ボク勇者だって!」
うれしそうに笑いながら、オリヴァーは家へと帰りました。
 家にたどり着くと、オリヴァーはお母さんに赤い毛糸玉を渡しました。
「まあ、オリヴァーありがとう!」
お母さんがにっこりほほえんだとたん、オリヴァーは目が覚めました。

 気がついてみると、オリヴァーはベッドの中でした。あれっと思って起き上がってみると、ベッドには靴下がぶら下がっています。その靴下は赤い大きな靴下ではなく、クリスマスイブにお母さんがぶら下げてくれた、普通の大きさの靴下でした。
『ということは、今までのことは全部夢?!』
半分がっかりした気分でしたが、靴下の中のプレゼントが気になりました。 
 オリヴァーは靴下の中をのぞきこみました。見るとそこには赤い毛糸で作られた真っ赤なドラゴンのぬいぐるみがありました。それはどう見ても、オリヴァーが夢の中で倒したドラゴンにそっくりでした。オリヴァーはうれしくてたまりませんでした。
(おわり)


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